外食が思うようにできない、今。

外で自由に食事ができた時代に、つい思いを馳せてしまう。

レストランに一歩足を踏み入れれば、私たちの心は一気に華やぐ。なぜならその瞬間、自分だけの大切なストーリーが始まるから。

これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。

▶前回:駐在帰りの商社マン31歳が忘れられない女。彼女から結婚を迫られて別れたものの…



Vol.3 減点主義な女・茉菜(29)「いつか、恵比寿ガーデンプレイスで」


「大学に合格したら、恵比寿ガーデンプレイスに行きたいなぁ…」

塾からの帰り道、うっとりと話す私に、彼は優しい眼差しを向けた。

大好きな彼と一緒に、大好きなドラマの聖地・恵比寿ガーデンプレイスに行く。これが、17歳の私が当時、1番叶えたい夢だった。



それから10年以上経ち、私は三軒茶屋の部屋で1人、恵比寿ガーデンプレイスでロケする若手芸人をぼんやりと眺めていた。

仕事も終わり、ゆっくりバスタイムを楽しんだあと、テレビを見ながら“夜の美容ルーティン”に勤しんでいる。ボディクリームを体中にすりこんでから、冬に荒れがちなかかとには、専用の尿素クリームを丁寧に塗りこむ。

私、茉菜は大手化粧品会社で営業として働く29歳。

職業柄、同僚たちはもちろん美容に詳しいけれど、特に私は並外れた探求心からくる知識量と熱意で、営業成績は常にトップクラスだった。

でもそのバイタリティは仕事ではとても役に立つのだけれど、プライベートだとそうもいかない。

美を極めてきた女性としての自負とプライドがあるから、恋愛はそれ相応の男性を求めてしまう。友人のリカには度々呆れられるけれど、「減点方式」でデートを点数化して、相手を評価する癖があるのだ。

初デート合格の及第点は、100点満点中の60点。

自分ではかなり低い合格ラインだと思っているが、この基準をクリアできる男性がなかなか現れず、頭を悩ませている。

ここ2年は彼氏ナシ。そろそろ彼氏は欲しいのだけど、正直一切妥協する気はない。美しくあり続けるために正直かなりの努力をしているから、妥協ができないのだと思う。

…私がここまで美に執着するのには、深いワケがある。


減点主義・茉菜の悲しい過去とは…


遡ること10年前の春先。

大学入学から1ヶ月が経った頃、高校3年間付き合っていた卓也から別れを切り出されたのだ。理由は「好きな人ができたから」だった。

私と卓也は青森県出身で、地元では有名な仲良しカップル。同じ大学への進学を志し、2人で受験勉強をしながら、東京に行ったら一緒に叶えたい夢をよく語り合った。

その一つが、大好きなドラマのロケ地となった恵比寿ガーデンプレイスでのデート。

晴れて同じ大学に合格し、その夢を卓也と一緒に叶えられると思っていたのに…。

私から卓也を奪った女を心底憎んだ。が、同時に、諦めにも似た感情が渦巻いた。なぜなら、卓也が好きになった相手とは、大学のマドンナ的存在の超美人だったから。

いつしか容姿にコンプレックスを抱くようになり、フラれた原因は自分の容姿にあると思い込むようになってしまった。

― 卓也を見返したい。

そう奮起してのめり込んだのが「美容」だった。

過去の苦い思い出が“呪縛”となって、私の美への執着心を駆り立て、そしていつのまにかそれが私の一部になってしまったように思う。



『Rさんとマッチングが成立しました』

“夜の美容ルーティン”が一通り完了し、寝る準備をしていたら、マッチングアプリの通知が鳴った。

― この人、確か…。

Rさんのプロフィールをすぐに確認する。

「職業:金融」「身長:175cm」「年齢:34歳」「年収:2,000万」「タバコ:吸わない」

私は思わず「よし!」と声を出し、思わずひとりで小さくガッツポーズをする。

Rさんは、私からいいねを送った数少ない男性の中のひとり。条件はもちろん申し分ないし、清潔感のある見た目がタイプで、一番マッチングを願っていた男性だった。

『はじめまして!Mこと茉菜と言います。マッチングありがとうございます♡よろしければ、ぜひ仲良くしていただきたいです!』

絶対にこのチャンスを逃すまいと、自分からメッセージを送った。

その後、Rさんこと亮介さんと順調にやり取りを重ねた私は、すぐに初デートまでこぎつけることに成功したのだった。



初デート当日。

私は浮ついた気持ちを抑えきれず、待ち合わせ時間の15分前に駅に到着した。

デート場所は、恵比寿駅近くのレストラン。亮介さんから、どこか行きたい場所はあるかと聞かれた私は、迷わず恵比寿を指定した。

18時にお店を予約しているとのことで、恵比寿駅西口に17時50分待ち合わせのはずだったのだが…

18時を過ぎても、亮介さんが来ない。遅刻なんて完全に減点だ。

イライラしながら彼の到着を待っていると、『遅れてすみません、着きました!』というLINEが届いた。

改札付近に目を向けると、亮介さんらしき男性がいた。その男性は、きょろきょろと辺りを見回し、誰かを探しているようだった。

それとなく近づいてみると私に気づき、こちらに向かってきた。

「茉菜さん…ですよね?すみません、仕事で遅くなりました」

― あれ…?久しぶりの休みだから、今日にしたんじゃなかったっけ…?

違和感を覚えたが、急の仕事が入ったのかもしれない。なんとか笑顔を作って返事をした。

「はい、茉菜です。はじめまして。時間も時間なので、急ぎましょう」

そう声をかけ、小走りでお店に向かう。8cmのピンヒールを履いてきたことを心底後悔するとともに、軽やかに前を走る亮介さんを恨めしく思った。


不穏なスタートとなった亮介との初デート。その結末とは…?

お店には、約15分遅れで到着。

カウンターで横並びに座った私たちは、やっと一息つく。そして、改めてお互いに挨拶を交わした。

気を取り直して楽しもう、と思った矢先、私はあることに気づいてしまった。亮介さんの顔をまじまじ見ると、かなり目立つニキビ跡がいくつもあったのだ。アプリの写真では肌がキレイだった分、かなりガッカリしてしまう。

その後、お店にいた約2時間は、“減点主義な茉菜”が発動しっぱなしだった。

たとえば、シェフが料理の説明をしているとき、「ふーん」と一切興味なさげな態度。私が飲んでいたワインがなくなりそうになったときなんかは、全然気づかない。

会話は自分の話ばかりで、それが面白かったらまだよかったのだが、なかなか興味が持てなかった。

まずい。このまま減点が続けば、史上初の“0点”だ。そして残念なデートの決定打は、帰り際に起きた。

「寒いし…手をつながない?」と強引に手を握られたのだ。しかも彼も緊張していたのか、カバンをかけていた左手のほうをつかんできたので、かなり不自然な手の握られ方になった。

「ごめんなさい、ちょっと鞄が重くて…」とそっとその手を放し、駅までの道をがっかりしながら歩いた。

― 今日のデートは…マイナス20点。

期待していた分、心底ガッカリなデートとなってしまった。



私は亮介さんと駅で解散したあと、友人のリカに電話しながら、東口へ向かった。

「今日は最悪だった…」

顛末を話すと、リカは「次にいい人がきっと現れる!」と明るく笑い飛ばしてくれた。元々このマッチングアプリは、リカの勧めで始めたもの。リカはいま、絵に描いたような完璧なハイスペ男子と幸せそうに付き合っているのだ。

目的地に着くと、私は電話を切った。恵比寿デートで収穫がなかった夜は、いつも1人で恵比寿ガーデンプレイスに向かうのだ。今日は39階にある『Longrain TOKYO(ロングレイン トーキョー)』に行くことにした。

39階からの美しい眺望を見渡しながらモダンタイ料理が楽しめるこの店は私のお気に入りで、女子会でよく使うレストラン。ここのエビがまるごと一尾入っている豪華なパッタイと、ハーブのきいたグリーンカレーが大好きなのだ。

先ほどのデートではあまり食べた気がしなかったので、席に着くとすぐにグリーンカレーをオーダーした。

『茉菜さん、今日はありがとうございました!』
『すごく楽しかったです!』
『またお会いしたいんですが、来週末の予定どうでしょうか?』

亮介さんから立て続けにくるLINEを見て小さくため息をついた。

― なんで、私は、こう上手くいかないんだろう。

リカに思わずLINEで弱音を吐くと、こう返ってきた。

『ねえ、周囲をよーく見渡してみて。カップル全員、美男美女?』

その言葉に、さり気なく、近くにいたカップルを見てみる。女性はとても美人だったけれど、男性はごくごく普通な感じで、でも2人ともとても幸せそうに見えた。

『自分の理想を変える必要はないけど、人生何が起こるかわからないから。落ち込まないで次にいこう!』

たしかにリカは、今の彼と出会った当初、彼の印象が最悪だったと言っていた。

『仮に次の彼が30点でも、なにかのキッカケで変わるかもしれないし、茉菜には絶対イイ人が現れる!』

その時ちょうど、料理を運んできた店員さんがにこやかに「いつもご利用ありがとうございます」と声をかけてくれた。来店してからずっとうつむき加減な私だったが、その声掛けをきっかけに、顔を上げて窓に映る美しい景色に目をやった。

美しい東京の夜景は、いつ見ても心打たれる。

― 私、もう少し、楽に考えてもいいのかも。

少し肩の力が抜けた私は、ゆっくりとグリーンカレーを味わうことにした。グリーンチリの辛さと濃厚なココナッツミルクの甘味に、途端に病みつきになる。

― いつか大好きな彼と、この『Longrain TOKYO(ロングレイン トーキョー)』で食事したいな。

東京に出てくる原点となった場所で、改めて、私はそう思ったのだった。



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バツイチ女が譲れないこと