恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。

盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。

だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。

恋に狂った彼らのトラップに。

▶前回:「結婚前に妊娠してしまう」という目標を達成した女。それは、ある“最低な秘密”を隠すためで…?



「では、始めます。体調が悪くなったらすぐに声をかけてくださいね」

手術台に寝転んだ私は、医師の言葉に目を閉じた。透明なビニールキャップを被せられると、どんどん意識が遠のいていく。

今日、私は整形する。

鼻整形の名医がいるという都内の美容クリニックで、I型のプロテーゼを入れ、さらに鼻先軟骨移植の施術を受けるのだ。

― やっとこの鼻を見ないで済むようになるんだな。

自分の顔が嫌いだった。…特に、丸くて横に広がった鼻が。

その理由は2年前、大学4年の卒業間際のこと。教室でこんな話を聞いてしまったからだ。

「なあ。経済学部のあの子、かわいくない?」

同じゼミの男子たちが「女子の中で誰が一番可愛いか」という話題で盛り上がっていた。

「…じゃあ、木内桃花は?」

ふいに自分の名前が聞こえてきて、物陰に隠れる。ドキドキしながら答えを待っていると、誰かがこう言った。

「あぁ。俺はあいつの鼻が無理だわ」

「わかる!鼻が残念」

― 嘘でしょ!?人の顔について酷評するなんて、ありえないんだけど…。

落ち込みながらもコッソリ教室内を覗くと、男子たちが話し込んでいるのが見える。その中には片思い中の相手・斉藤琢磨もいた。

彼と出会ったのは大学3年の春。同じゼミを専攻していた斉藤くんに初めて笑いかけられた瞬間、私は恋に落ちたのだ。それは完全なる一目惚れだった。

ムードメーカーの彼は男女問わず人気者で「同級生に告白された」という噂も絶えなかったが、なぜか彼女はいなかった。

「そういえば斉藤って、木内と仲いいよな。あいつどう思う?」

その声にドキッとする。実は何かと理由をつけて一緒に課題をやったりと、距離を縮めてきたのだ。

― 大丈夫、斉藤くんなら私をかばってくれるはず。

しかし、その直後。彼から発せられたのは、信じられない言葉だった。


片思い中の相手が放った、ショックすぎる一言とは

「木内ってさ、鼻周りの化粧がなんかヘンなんだよな〜」

斉藤くんが放ったその一言に、男子たちが手を叩いて爆笑している。

― ひ、ひどい…。

いてもたってもいられなくなった私は女子トイレに駆け込み、鏡に映った自分の顔を見つめる。濃すぎるノーズシャドウがヨレて、鼻の周りが茶色くなっていた。



「ありえない!誰がそんなこと言ってたの?」

「ゼミの男子たち…」

その日の夕方。同じゼミの美保に打ち明けると、彼女は自分のことのように怒ってくれた。しかし…。

「そんなの気にしなくていいよ!桃花はその“ニンニク鼻”が可愛いんだから!」

― ニンニク鼻、って。

実は彼女も男子たちと同じように、私の鼻をバカにしていたのだ。このとき、私はようやく気がついた。

「もう、本当に最悪だ…」

帰宅後、私は泣きながら決意した。大学を卒業したら、なるべく早く整形することを。

その後、新卒入社したメガバンクで2年半ほど働き、貯金に勤しんだ。そして転職を機に、25歳で整形することにしたのだった。




「終わりましたよ」

ゆっくり目を開けると、医師が私の顔を心配そうに覗き込んでいる。

「体調はいかがですか?」

「あっ…。平気です」

こうして私は、鼻の整形手術を終えた。

ダウンタイム後、私は嫌な思い出を忘れ去ろうと、積極的に出会いの場へ足を運ぶようになる。鼻を高く小さくし、ついでに二重幅を広げた私は、最強にモテた。

「めっちゃ可愛いね!一杯飲まない?」

大学時代の友達とコリドー街に繰り出した夜は、ひっきりなしに男の人から声をかけられた。転職先である代理店の同期に、連絡先を聞かれることもしばしば。

食事会が終われば、男子メンバー全員から個別でメッセージが届いた。でも鼻についてイジられたあの日から男性不信に陥り、なかなか人を好きになれなくなっていた。

「え〜。この人、いつの食事会の人だっけ…」

こうして届いたメッセージを惰性でチェックしていた、そのとき。

あるLINEグループの招待通知が目に飛び込んできたのだ。


整形し、美しくなった桃花に届いたのは…

それは大学時代のサークルのグループLINE。しっかり確認せずに招待を許可してしまい、ひどく後悔した。

参加メンバーを見てみると、あの日私の悪口を言っていた男子の名前もある。一瞬にして忌々しい記憶がよみがえってきた。

ほどなくして、メッセージが投稿される。

『来月、同窓会をやりたいと思います!』
『いいねー!』
『賛成!楽しみ〜』

直後、サークルの中心人物だった何人かが反応する。

― 大学時代のメンバーなんて、絶対会いたくないんだけど。

グループの通知をオフに設定し、昨夜の食事会で出会った相手にLINEを送ろうとした、そのときだった。

『木内久しぶり。同窓会行く?』

急に個別LINEを送ってきた相手は、なんと斉藤くんだったのだ。

2年前の古傷が少し痛んだが、アイコンに設定された彼の変わらない爽やかな笑顔を見て、ドクンと胸が高鳴る。私は震える指先で返信を打った。

『久しぶり。同窓会は参加しないかな』
『そっか、残念だな。…よかったら2人でご飯行かない?』




1週間後。私は薄めのメイクとボディラインがわかるタイトなワンピースを身に着け、表参道へと向かった。3年ぶりに、斉藤くんと会うためだ。

なぜ彼に会おうと思ったのか、自分でもわかっていなかった。

でもあの日、同級生と一緒になって私をバカにしてきた斉藤くんを、見返したいと思ったのかもしれない。…今の私は、大学時代の私とは別人なのだから。

整形前に表参道を訪れたときは、街を歩く煌びやかな人々に嘲笑われているような気がして、下を向いていた。けれど、今は堂々と前を向いて歩ける。

そんな過去を思い返していると、人混みの中に彼の姿を見つけた。

「久しぶりだね、斉藤くん。元気だった?」

そう声をかけると、彼はゆっくりと振り返り私を上から下までじっくりと見た。昔の姿を知っている人は、こうやって私を見つめた後に必ず言うのだ。「綺麗になったね」と。

「えっ、木内…?」

「うん。久しぶり」

「本当に木内だよな?…なんか、変わったな」

彼は大きく目を見開いたまま、言葉を詰まらせている。

「なんで変わったのか、わかる?斉藤くんが『鼻のシェーディングがヘンだ』って、陰口言ってたからなんだよ。私、すごくショックだった」

「あのさ、木内…。その後、俺が言ったことは聞いてなかったんだな」

「…えっ?」

「俺、木内のことをからかう奴の前で、こう言ってやったんだよ。そんなにメイクを濃くしなくても可愛いし、木内の鼻が好きだ、ってさ」

まさかのセリフに、私は動揺してしまう。斉藤くんは整形で美しくなったはずの鼻を切なそうに見つめて、最後にこう言った。

「…俺、木内のこと、好きだったんだ」



数日後。私は整形手術をした病院に、再びやってきていた。

「本当にいいんですね?美しい顔を手に入れたのに」

私の鼻を、不思議そうに医師が見つめている。

「大丈夫です。元の鼻に戻してください」

「…わかりました。では、始めます」

手術台に寝転んだ私は、医師の言葉に目を閉じた。透明なビニールキャップを被せられると、どんどん意識が遠のいていく。

今日、私は整形する。


▶前回:「結婚前に妊娠してしまう」という目標を達成した女。それは、ある“最低な秘密”を隠すためで…?

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