―…私はあんたより上よ。

東京の女たちは、マウントしつづける。

どんなに「人と比べない」「自分らしく」が大切だと言われても。

たがが外れた女たちの、マウンティング地獄。

とくとご覧あれ。

◆これまでのあらすじ
真帆の婚約者・大志と凜香がおうちデート中、インターホンが鳴った。真帆だった。青ざめる大志はさておき、凜香は鍵を解錠。すると、真帆は凜香に殴りかかってきて…。

▶前回:アイドルの熱愛スクープ。”匂わせ”インスタで、ハイスペ婚約者を略奪されたことを察した女は…



真帆:「顔を見たら…」


私の今後の人生設計には、大志が必要。

優雅な専業主婦として暮らすには、どうしても彼が必要なのだ。

とにかく、とにかく凜香から大志を奪い返さなくては…。

その一心で、凜香の家を訪れた。

どうやって奪い返すのか。どう、大志の心を取り戻すのか。すべてがノープランのまま、凜香のマンションのインターホンを押していた。

けれど──。

人間の感情というのは、自分の予測や意に反して動きだす。

カチャっと音がして、ドアが開いた瞬間。

凜香の涼し気な表情が視界に入ってきた途端。

さきほどまでの大志への想いや、将来への不安や焦りなどは、すべて吹き飛んだ。

そして、凜香への怒りが急激に湧き上がってきてしまったのだ。

「ひとの男に手出してんじゃないわよおおおおおお」

私はほとんど無意識のうちに、自分の手のひらを凜香の頬に勢いよく向けていた。


凜香と真帆が、ついに体を張っての直接対決に…

なんて表現したらいいかわからない。

ドラマやアニメでよく使われる効果音みたいな派手な音じゃない。人間の手のひらと頬が勢いよくぶつかる音は、なんとも地味で鈍い音がした。

次の瞬間、どさっと大きな音が聞こえた。

凜香が廊下に倒れている。

そして、訪れた静寂。

自分でも何が起こっているのか、理解が追い付かない。

しばらくして駆けつけた大志は、真っ青になってフリーズしている。

「ぇ…、ぁ…ちょ…」
「ちょっと大志どういうことよ!!私と婚約しておいて!!」
「ぁ、ごめん…」
「ごめんって何!?どういうことなの?」

私がそう大志に詰め寄ると、大志はさらに青ざめた表情で私の背後を見つめた。

振り返ると、そこには頬を真っ赤に腫らした凜香が私を睨みつけていたのだ。

「ふざけんなよ…。こっちは顔が商売道具なんだよ…」

小さな声で、でもハッキリと聞き取れる言葉を吐き捨てると、凜香はものすごい勢いで私の髪の毛を引っ張り、殴りかかろうとしてきた。

私も負けじと凜香の髪の毛を引っ張り返し、どうにか応戦する。

文字通り、取っ組み合いの喧嘩が始まった。

「ふざけんなよ!!婚約者勝手に寝とるとかありえないから!!」
「あんたこそ、週刊誌に売ってんじゃねぇよ!!!」
「そっちが余計なことするからでしょ!!!」
「あんたから始めたことでしょうが!!!」

まるで公園で喧嘩をする小学生の男の子のようだと、我ながら思った。

けれど、それを大人の女たちが本気でやっているという光景は、きっと傍からみたら狂気に満ち溢れていたのだろう。

「ひぃ…」

大志は腰を抜かし、ただただ恐れおののくばかりだった。



「ねぇ、ちょっと…。やめて2人とも…。僕のために喧嘩しないで?」

しばらくして、ようやく大志が私たちの喧嘩を止めに入った。

彼としては、勇気を振り絞った行動だったのかもしれないが、私と凜香は大志の言葉にかちんときた。

2人同時に、同じ言葉が癪に障った。それがよくわかった。

「…!?」

一瞬にして、私たちは動きを止めて、大志を見つめる。

「ね?喧嘩はやめよう?まず中に入って…」

大志にブチ切れたのは、凜香が最初だった。

「はぁ〜!?あんたのために喧嘩なんてするわけないでしょおお!だいたい、さっきから何隅っこに突っ立ってんだよ。喧嘩止める気あんなら最初っから止めれば!?だいたい私、あんたのこと好きでもなんでもないから!真帆がムカつくから、嫌がらせにたぶらかしただけで…」

突然の豹変ぶりに、大志はまるで小さな子どものように、今にも泣き出しそうな顔で凜香を見つめていた。


真帆と凜香の喧嘩は一時中断され、その怒りの矛先は大志に向かう。そして…

「え、凜香ちゃん…。僕のこと…好きじゃないの?」

凜香は、もうこいつにかける言葉はないとでも言わんばかりに、手をヒラヒラとさせリビングへと入っていった。

凜香に捨てられた、間抜けな大志。

めそめそしながら、そこに突っ立っているだけの男。

なぜだろう。私はこの男を取り返そうと思ってここに来たのに…。また0から男を探すのなんて嫌だと心から思っていたのに…。

凜香が捨てたこの男を、もう、私は欲しいと思えなかった。

「真帆…」

そう思った瞬間。大志は何かにすがるように、私を見つめながら言う。

「何…」
「真帆、ごめんね」
「何が?」
「裏切っちゃって…」
「もう、いいや」
「…え?」

大志のことなんてどうでもよくなった私は、リビングに凜香を追いかけていった。

「待ちなさいよ、あんた!!」

視界に入ったワイングラスを手に取り、中に入っていた液体を凜香の振り向きざまにぶちまけた。

「ちょっ…ふざけんな…」

凜香も、もう1つのワイングラスを手に私に応戦。

再び、取っ組み合いの喧嘩が始まった。




大志「怖いよぅ…」


見たことのない顔をしていた。

真帆も、凜香ちゃんも──。

化けの皮が剥がれる、なんて安直な表現では片付けられないような。敵を前にして、闘争本能をむき出しにした獣かのような…。

でも、…生き生きとした表情をしていた。

そして、その表情は僕には向けられていなかった。

「ごめんね、ごめんね…」

身の危険を感じた僕は、とにかくこの場から逃げようと、取っ組み合いの喧嘩をする2人の間をかき分け、自分の荷物を手にその場から逃げ出した。

警察に通報したほうがよかったかな…。

そう思ったけど、これ以上厄介ごとに巻き込まれるのも嫌だった僕は、逃げるようにして凜香ちゃんのマンションを後にした。



― いい村は、女が元気だと聞いています。

『もののけ姫』でアシタカはそう言っていた。

しかし、東京の女は元気すぎる。元気どころの騒ぎじゃない。

とてもじゃないけど、僕の手には負えない。

…でも、それだけ東京という街は“いい村”なのだろうか。

僕にはよくわからない。

僕は、逃げるようにして東京という街をあとにした。

Fin.


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