何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

▶前回:“夜の女”から慰謝料をとるのは難しい…?妻が夫の浮気を知り、探偵をつけて証拠を突きつけるが…



Vol.5 クリニック院長とMRの許されざる関係

【今回のケース】
■登場人物
・妻=和美(35歳)元看護師
・夫=智春(44歳)皮膚科クリニック院長
・息子=尚弥(7歳)
・夫の浮気相手=彩奈(28歳)MR
・患者=ヒサエ(86歳)
妻は夫の浮気を知り離婚に向けて話を進めていきたいが、息子の養育費のことなど不安がよぎる。

「やだぁ、先生。それはズルいですよ〜」

午前の診療が終了し、和美が受付で作業をしていると、院長室から女性の甘えるような声が聞こえてきた。

MRの西沢彩奈が、クリニックに新薬の説明に来ていた。院長である夫の智春が対応しており、なんとなく甘い雰囲気が漂っている。

― ずいぶんと楽しそうね…。

和美は、2人が不倫関係にあることを知っていた。だが、問いただすのを躊躇していたのだ。

トイレのドアが開いて、高齢の女性が出てくる。

「ごめんなさいね。ゆっくりしちゃって…」

女性はヒサエと言い、80歳を超える高齢者で、7年前にクリニックを開業したときから通っている常連の患者だった。最近は物忘れなども多く、日によって認知症と思しき症状が出ることもある。

「足元が滑りやすくなっているから、気を付けて帰ってくださいね」

外は梅雨の影響で、このところ長雨が続いている。

ヒサエを送り出すと、院長室から彩奈が出てきた。玄関で靴を履き替えようとしたところで、「あれ…」と辺りを見回す。

「どうかしましたか?」

「傘が見当たらなくて…」

傘立てに差してあるのは、1本の古いビニール傘だけだった。

「どんな傘ですか?」

「バーバリーの、ノバチェック柄の傘なんですけど…」

そんな柄の傘を確かに見た気もする。ヒサエが誤って持って帰ってしまったのかもしれない。

「もしかしたら、患者さんが取り違えてしまったのかもしれません。これで良かったら…」

和美が残っていたビニール傘を差し出した。

雨の降り方からして、傘を差さずに帰るわけにはいかない。

彩奈は不貞腐れた様子で受け取ると、色のくすんだビニール傘を差して雨のなかを歩いて行った。

和美の気分が、少しだけ晴れた。


核心をつく妻に、不倫中の夫は…



「尚弥をそろそろ塾に通わせようと思うんだけど」

夕食後、和美は息子の進路について智春に相談を持ち掛けた。

「まあ、医学部を目指すなら、準備は早いに越したことはないよな」

尚弥はまだ小学2年生で将来の見通しは立っていないが、医師にしたいというのは夫婦ともに一致した意見だった。

尚弥もそれを自覚し始めたのか、最近は自主的に勉強に取り組むようになっていた。

住居であるこの建物は、1階がクリニック、2階と3階が居住スペースとなっており、尚弥は夕食を済ませると、3階の自分の部屋に速やかに戻る。

― 話をするなら今しかないかもしれない…。

「あのさ…」

和美がそう切り出すと、智春が「んん?」と口だけで返事をした。

「MRの西沢さんと、何かあるの?ずいぶんと親しくしているみたいだけど…」

核心を突いた質問だったが、動揺する様子はない。

「2人で食事とかにも行ってるんでしょう?」

「いや、向こうは薬を売らなきゃいけないんだから。接待だよ、接待」

智春は呆れたように言った。

しかし、MRの医師への対応には規制がある。接待にも制限があり、何度も食事に出かけることなどできないはずだった。

だが、和美はそこまで強く問いただすことができない。過去に、“負い目”を感じる事情があったからだ。

和美はもともと看護師として、智春と同じ大学病院で働いていた。医師のなかでも若く優秀な智春は、多くの看護師の憧れの的であり、誰が射止めるのかと専ら関心の的でもあった。そんなときだった…。

「公私ともに支えて欲しい」

智春にそう告白されたのは、和美だった。

その言葉には、クリニックを開業するにあたり業務を手伝って欲しいという意味と、求婚の意味が込められていた。

結婚後、すぐに子どもができ、出産後にクリニックを開業。和美は、経理や受付を担当するようになった。

すると、ある高齢の女性がクリニックに診察を受けに訪れた。

女性の顔に、どこか見覚えがある。保険証の名前を見て、誰なのか気づいた。和美の元交際相手の祖母。それが、ヒサエだった。

実は、かつて智春にプロポーズを受けた際、和美にはほかに交際している男性がいた。しかも、結婚目前の状態だった。悩んだ末、和美は智春を選び、都合よく乗り換える形となってしまった。

男性の実家にも何度か足を運んでおり、その際にヒサエと顔を合わせたことがあった。

― なに…私に恨みでもぶつけにきたの…?

当初はそう思い、怯えた。というのも、別れた直後にその男性は、心を病んでしまったからだ。和美としてはどうすることもできず、わだかまりを抱えていたのだ。



ヒサエは通院を続けているものの、気づいている様子はない。ただ、和美としてはずっと監視されているような、居心地の悪い気分だった。

そういった経緯があり、智春の浮気を強く追求できる身分ではない気がしていたのだ。


過去の呪縛から解かれた和美の選んだ道とは…

午前診療の受付が終了し、最後の患者を送り出した。

和美はパソコンに向かい、離婚についての情報サイトを閲覧していた。

昨日の智春とのやりとりで、離婚が現実として差し迫ってきていると感じ、知識を得ておこうとと思ったのだ。

起こりうる問題のなかで、最重要事項は親権だ。何を失っても、尚弥だけは絶対に手放したくはない。

慰謝料や財産分与についても、整理すべき大きな課題となる。特に財産分与については、住まいの問題が関わってくる。

住居兼クリニックであるこの場所を、智春も手放すわけにはいかないはずだ。そうなると、分配に関する話し合いは難航が予想される。

養育費についても、尚弥を医学部に進ませるだけの金額を得ることができるのか…。

それよりまず、智春の不貞の事実を明らかにする必要がある。看護師に聞けば容易に証言は得られるはずだが、やはり腰が重い。

すると、ガラス扉が開いて誰かが入ってきた。

「すみません。午前の受付は終了してしまって…」

和美が立ち上がると、玄関にヒサエが立っていた。

「ごめんなさい。昨日、間違えて持ってきてしまったみたいで…」

ヒサエの手には、バーバリーの傘が握られていた。

「雨がやんだから届けに来たの」

外はいつの間にか雨がやみ、日差しが注いでいた。ちょうど、テレビで流れている天気予報が、関東の梅雨明けを報じている。

「あとこれ、お詫びのしるしに。食べてちょうだい」

『OYOGE』のたい焼きだ。和美が礼を述べると、ヒサエが外を見ながらつぶやく。

「日曜日も晴れるといいんだけど」

「何かあるんですか?」

「孫の結婚式なのよ」

ヒサエの言葉を聞いて、肩の荷がひとつ下り、心がふっと軽くなった気がした。

玄関に出てヒサエを見送ると、傘立てにささるたくさんの傘が目に入った。患者たちが忘れて行ったものだろう。

― こういうのも財産分与の対象になるのかしら…。

そんなことを考えながら、和美は院長室に向かった。そしてドアを叩き、なかを覗く。



「ちょっと、昨日の話の続きをしたいんだけど、いい?」

その口調は、いつもよりもほんの少しだけ強かった。



その後、智春の不倫が明らかになり、離婚に向けて話を進めることになった。

親権については和美が得ることができそうだったが、財産分与や養育費などについての話し合いは、これから慎重に進めなければならない。

和美は専門家の意見を仰ぐため、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとを訪れた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
医師の財産分与は一般的なケースと異なることが多い


今回のケースでは、夫婦の共有財産の大部分が夫の事業である資産(不動産、医療機器他)であり、高額な財産分与の話し合いが必要となります。

財産分与は、基本的には、婚姻期間中に形成され共有財産を夫婦で半々に分けますが、寄与度によって変わる場合もあります。医師などの資格業の人たちは、資格を持っていることで形成し得た財産というものがあり、寄与度が高いと判断され、割合は5:5ではなく6:4などになることもあります。

夫側としては、離婚後もクリニックを継続して運営していかなければならないため、クリニック運営に必要な財産は分与しにくい状態です。


住居と職場が同じ今回のケースは不動産鑑定をし、現金を分与することになる


クリニック以外に住居があるのであれば、そちらを妻名義にする、もしくは売却してお金を分けるなどの方法があります。しかし今回のようにクリニックと住居が併設されている場合などは、不動産鑑定士に依頼する等してクリニック兼自宅の不動産価値、駐車場などがあればそれも合わせて鑑定してもらうことになり、現金での支払いとなります。

院内で使用されている固定資産や医療機器に関しても、リースではなく購入しているケースでは、財産的評価がある場合は分与の対象となります。残存価値がどれぐらいあるのか、市場に出た場合にどれぐらいの価値があるかなどの時価を評価します。


医学部に入るまでの養育費をもらえる可能性は高い


養育費の請求に関しては、まだ子どもが小学生であり、将来どう進学をしていくのか判断が難しい状況です。しかし、このケースでは、両親の医者にしたいという希望があるため、医学部に入るぐらいまでの養育費・教育費が発生する可能性は高いでしょう。

もし、夫側が医学部進学に同意しない場合、養育費は一般的な算定方式を用いて金額が決める傾向にあります。

今回のケースでは、子どもがまだ未成熟であり、進学に関しては不明な点はあるものの、父親は医師であり、子が医師になることを望んでいる事情があります。医学部進学に向け学校や塾、胃将来的な医学部進学の際の教育費につき、、夫が支払う旨の合意形成を母親は目指すことになります。

不倫相手への慰謝料請求に関しては、不倫に至るまでの家庭の状況が考慮されます。既に夫婦関係が破綻していたり、冷めきっていたりすると、不倫をしていても不貞にはあたらず、慰謝料の請求はできないケースもあります。

今回のケースでは、夫婦関係に問題があったと言えない場合で、不倫により受けた妻側の精神的損害が大きい場合、金額が多額になる可能性があります。。


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


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