高度1万メートルの、空の上。

今日もどこかへ向かう乗客のために、おもてなしに命をかける女がいる。

黒髪を完璧にまとめ上げ、どんな無理難題でも無条件に微笑みで返す彼女は「CA」。

制服姿の凛々しさに男性の注目を浴びがちな彼女たちも、時には恋愛に悩むこともあるのだ。

「私たちも幸せな恋愛がしたーい!」

今日も世界のどこかでCAは叫ぶ。

◆これまでのあらすじ

CAの七海(30)は、すれ違いが理由で恋人・新太にフラれ、傷心のままハワイ便に乗務する。ハワイ滞在中、落ち込んでいる七海のために、同僚の莉里子が食事会を開催。相手は、機内で名刺を渡してきた弁護士だったが…。

▶前回:機内で名刺をもらった28歳CA。ステイ先で連絡したら…

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Vol.2 お食事会CAあるある


― はぁ…こんな日は新太のこと思い出しちゃうなぁ…。

七海は会社のデスクでPCの画面を見ながら、ため息をついた。新太と別れてから2週間以上経つが、ふとした時に新太のことを思い出してしまう。

忘れようと努力はしている。

プライベートが空白にならないよう、ヘアサロンやエステの予約を入れたり、友人とピラティスを始めてみたり。

だが、正直なところ、新太がいなくなってしまった寂しさを、七海は処理しきれていない。

ぼんやりしている七海に、ブリーフィングを終えた同僚が「お先に失礼しまーす」と声をかけ、バタバタと帰っていった。

「ママさんCAは帰り支度、マッハだねー。ところで、七海ちゃん、今日スタンバイ何時まで?」

別の同僚がその様子を見て笑いながら、七海に尋ねる。

「あと2時間かな」

今日は出社スタンバイの日だ。

“スタンバイ”とは、急病など何かの理由で飛べないCAが出た場合に備えて、予備人員として待機する業務のこと。

長期フライトにも耐えられるだけの荷物をつめたキャリーと共に出社し、呼び出されなければ、またキャリーをゴロゴロと引きずり、帰宅する。

「彼女は子どもが産まれる時に、実家と同じマンションに引っ越したんだって」

「へぇ、そうなんだ」

七海は適当に相槌を打ちながら、一方では子持ちでCAを続ける彼女のバイタリティーに関心していた。

同期でも子どもが産まれてもCAを続けている人は何人かいて、実母に子どもの面倒を見てもらったり、理解のある夫と協力し合って子育てをしている。

― CAの仕事に理解がないと、結婚どころか付き合うのだって無理よね。

しかし、子どもの頃から憧れていたCA。大変なことも多いけれど、七海はこの仕事が好きだから、結婚しても続けたいと思っている。

新太は、CAの不規則な生活に対して理解がなかった。

― 遅かれ早かれ新太との未来はなかったんだよ。頭切り替えなくちゃ!

七海はフライトの予習資料のファイルを開くと、デスクに向き直った。




翌週。

沈みぎみの七海を気にかけ、後輩の莉里子が、食事会をセッティングしてくれた。

相手は、ハワイで知り合った弁護士の1人とその友人だ。

オフだった七海は、遅く起きた後ネイルサロンで爪を整えてから、指定されたレストランに向かう。

莉里子からの事前のLINEによると、女3人、男3人の計6人。

『莉里子:メンバーは私、七海さん、あとサリナ』

サリナは、莉里子と同期のCAだ。

『七海:え、サリナなの?別にいいけど、サリナかぁ…』

七海がウサギのスタンプとともに、ぼやく。

「莉里子:ごめんなさい!サリナしか空いてなくて」

サリナが嫌いというわけではないが、彼女の獲物追ってます感が七海は苦手だ。

食事会に一抹の不安を覚えながら、七海は店のドアを開ける。表参道の骨董通りにある鉄板焼きの店『まえなか』。

店では、すでに莉里子と男性3人が、小鉢をつまみながらビールを飲んでいた。

「七海さん!おつかれさまでーす」

莉里子の声に、七海は瞬間的に満面の笑みを作る。

「ぜんぜんだよ、今日オフだから。こんばんはー!七海です」

挨拶しながら莉里子の隣に座る。

「あれ?サリナ、まだ来てないの?」

その時、入り口の扉が開き、コツコツとヒールを鳴らしながらサリナが入って来た。

「すみません、急いだつもりだったんですけど、だいぶ遅れちゃって。サリナです」



見ると、髪は後ろでシニヨンにまとめられ、いかにも「フライト帰り」風のサリナがいた。メイクも仕事仕様の濃いめだ。

「あれ?仕事終わりですか?今日はどこに行ってたの?」

彼女の姿を見て、男性陣がすかさず声をかける。

「今日は沖縄です」

にこやかに答えるサリナ。

― 出た。私、CAなんですアピ…。

以前、別の食事会でサリナと一緒だった七海は、彼女の食事会への意気込みを知っている。

その時付き合っている恋人がいても、よりいい条件の男性を探すべく、日々食事会に精を出しているのは同僚の間でも有名な話だ。

「その髪とメイク、いかにもCAって感じでエレガントだね」

「えー?そうですか?急いで来たので下ろしてくる時間がなくて」

サリナの受け答えを見ていると、七海はおかしさが込み上げてくるのだった。

― よく言うわー。絶対シニヨン作り直してきたよね…。

唖然としている七海の様子を見て、莉里子が「七海さんってば」と肘でつつく。

「七海さん、お久しぶりです!」

サリナが七海に目を向け、お辞儀をする。

「七海さんは私の尊敬している先輩なんです。すごく仕事もできるんですよ」

七海のことを褒めながらも、「自分の方が年下」であることをほのめかす。サリナとフライトが一緒になったことは、実は一度もないのだ。

「ありがとう、サリナちゃん、お疲れさま」

七海はそう答えながらも、心の中では「今日も女豹、健在じゃん」と笑う。

莉里子が連絡を取り合っていた弁護士以外の2人は、1人は証券会社勤務、もう1人は広告代理店勤務だという。

男性陣3人は、同じジムで知り合ったそうだ。

カウンターの鉄板で焼かれたステーキや、海鮮をつまみながら、話のネタになるのはやはりCAの仕事のことだ。



「莉里子ちゃんとは、ハワイ便で名刺を渡したのがきっかけだけど、こういう誘われた方ってしょっちゅうあるんでしょ?」

彼らからの質問に、サリナが待ってましたとばかりに答える。

「それなりに…。でも滅多にお返事しないよね?莉里ちゃん」

「ただのメモに名前を書いてあるだけの紙を渡してくださる方もいるし…七海さんは連絡しない派ですよね?」

莉里子の言うとおり、七海はお客さまと個人的に連絡をとったことはなかった。

「お誘いいただいてもステイ先では疲れちゃってるから。飲みに行かないで早く寝たい…みたいな」


「ハワイの時は私が無理やり七海さんを連れ出しちゃったんですよー」

莉里子が話す横で、サリナが向かいの男性の空のグラスに、ボトルでオーダーしたワインを注ぐ。

「さすがCAさん。さっきから見ていると気が利くよね」

広告代理店の男性が褒める。

「職業病ですよね。空のグラス見るとつぎたくなるし、お手洗いに入ると、トイレットペーパーはつい三角折りとか…」

サリナが「CAあるある」を話し出す。

「今どき自然にそういうことできる女性って少ないからさ、みなさん本当に素敵だよ。おもてなし精神っていうのかな?」

弁護士の男性がさりげなく女性陣を持ち上げた。

すると、代理店勤務の男性が言ったのだ。

「僕も制服姿を見てみたいなぁ。でもさ、CAって大変な仕事だね。こう言っちゃなんだけど、やってることは家政婦と変わらなくない?」

その言葉にサリナは「実は、そうなんですよー」と笑っている。

だが、七海はこめかみにピキッと筋が走る。そして、お酒の勢いも手伝って、七海はつい言い返してしまった。

「その言い方、嫌だな。家政婦もCAもたいした仕事じゃないって見下されてるみたい。私、この仕事好きでやってるんですけど」



一瞬、場が鎮まったが、すぐに証券会社勤務の男性がフォローする。

「まぁまぁ、こいつも下に見るつもりで言ったわけじゃないからさ。七海ちゃん、許してよ」

「七海さん、飲み過ぎー。明日の予定は?」

莉里子も話題を変えようと必死だ。

七海はというと、「別に怒ってませんから、気にしないでください」と言いながらも、それ以降なんとなくその男性とは目を合わせることはなかった。

結局、その後、たいした盛り上がりもなく、解散となったのだが…。

― なんか私のせいでシラけちゃったし、行くんじゃなかったな。

自宅に戻る電車の中、七海は今更ながら大人げない自分の発言を後悔した。

『七海:莉里ちゃん、今日ごめんね。ちょっと酔ってたけど、あの男の発言、ムカついちゃって』

莉里子にLINEを送った後、遠く窓の外を眺めた。

手にしていたスマホがブルっと震え、LINEの通知が表示された。

― 莉里ちゃんかな?

開いて見ると、「OGAWA」と見知らぬ名前がトーク画面にある。

「小川です。さっきは失礼な発言をして本当にすみません」

さっきの代理店勤務の彼からだった。莉里子づてにLINEのIDを聞いたらしい。

すると今度は、LINE電話の着信が…。

七海は慌てて「今、電車の中なので」とだけ打って返すと、即座に返信が届いた。



『本当にすみませんでした。お詫びに来週、食事をご馳走させてもらえませんか?』

― え、なんで食事?

七海が考え込んでいると、またメッセージが届いた。

『素敵だなって思った人に嫌なやつだと思われたままにしたくないんで、一度だけチャンスをください』

― 怒られた女を食事に誘うって…。うーん、わかんない。

「行くべき?断るべき?」どう返信するか考え込んでいる間に、電車は最寄駅のホームに滑り込んだ。

― 明日は大阪にステイだし、パッキング終えてから返信するか…。

七海はスマホをバッグの中にしまい、足早に改札に向かった。


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同僚の結婚式に招待された七海。その時独身CAが仕掛けた医者を釣る秘策とは