何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

▶前回:ある日突然、妻から“離婚”を突きつけられた男。その時初めて知る衝撃の真実に夫は困惑し…



Vol.11  優位性を誇示する女の争い

【今回のケース】
■登場人物
・妻=カスミ(35)ヨガインストラクター 年収500万円
・夫=正隆(37)大手電気メーカー勤務 年収1,600万円
・浮気相手=真島紘菜(26)

夫の浮気を問い詰めると、会社にバレるなら早期退職をすると言い出す。離婚する際、その退職金は財産分与の対象となるのか。

「なんだよこれ。調査…報告書…?」

カスミがテーブルの上に置いた書類を、正隆は怪訝な表情で見つめる。

「そう。あなたの浮気の調査を依頼したの」

「マジかよ…。わざわざ探偵使って?よくやるよ…」

正隆が書類を手に取り、呆れたように言う。



カスミが浮気を疑ったのは、3ヶ月前。彼から1通のLINEを受け取ったときだった。

前日の夜、会社の飲み会で帰りが遅くなった正隆は、いつもより少し寝坊をしていた。

朝食用に、『ゴントラン シェリエ 東京青山店』のクロワッサンをリベイクしていたカスミは、カウンターの上にあったスマートフォンが鳴ったのに気づき、手に取った。



『おはよう!』

LINEの差出人は、正隆だった。

― んん?どういう意味?起きたってこと…?

同じ家にいて、わざわざ挨拶を送るなんて不自然だ。

そのとき、正隆が寝室から出てきた。カスミは、アクビをしながら眠気をこらえる夫に、スマホを差し出す。

「これ、私に送った?」

正隆が目を凝らして画面をのぞき、一瞬、ハッとしたような表情を浮かべた。

「ああ、そう。送った」

「なんで?」

「いや、朝の挨拶じゃん。別に深い意味はないけど。なに、怒ってんの?」

正隆が「はぁ…」と溜息をつく。

「朝からいやだいやだ。送るんじゃなかったよ」

そう言って洗面所のほうに向かって行く。うやむやに終わらせようとしているのが見え見えの対応だ。

― 送信先を間違えたんだよね?送ろうとした相手は、女でしょ…。

カスミはすぐに問いただすようなことはせず、しばらく様子を見守っていたものの浮気の疑いは晴れず、探偵事務所に調査を依頼したのだった。

受け取った調査報告書により、浮気相手が判明した。

カスミは相手の顔に、見覚えがあった。


カスミがインストラクターを務めるヨガスタジオの体験レッスンに参加した若い女性だった。

「あの…すみません…」

レッスン終了後、生徒たちがロッカールームへと戻っていくなか、その女性がカスミに声をかける。

後ろのほうで周りを気にしながら自信なさそうに取り組んでいたので、カスミもレッスン中に少し気になっていた。

女性の名は、真島紘菜(マシマヒロナ)といった。

「少し…質問してもいいですか…?」

上目遣いに弱々しい瞳を向け、恐る恐る尋ねてくる。

「もちろん!」

楽しんでいないように見えていたので、積極的に質問してもらえるのはカスミとしても嬉しい。

「途中で、三日月のポーズ…っていうのあったじゃないですか?あれがどうもうまくできなくて…」

カスミは少し距離を取り、左脚を大きく後ろに下げて見本を見せる。

右膝を曲げ、下げた左の膝を床につけ、上半身を起こす。両手を上に伸ばして、さらに上半身を後ろへ反らすようにしてポーズをとる。

「後ろに伸ばした左脚の甲をしっかり床につけるのがポイントかしら。そうするとバランスが取りやすくなって、状態も安定すると思いますよ」



カスミのアドバイスを受け、紘菜は大きくうなずいて見せた。そこで、ロッカールームに戻っていくかと思いきや、さらに会話が続く。

「先生は、自分のスタジオを持ったりとかはしないんですか…?」

「ええ?」

「先生、すごく人気もあるし。それに自分でスタジオを経営したほうが、収入も上がると思うんです」

ずいぶんと突っ込んだ話をしてくる。

「そ、そうね。考えてなくもないんだけど…」

「そうしたら私、絶対に通います!」

紘菜はそう言うと、クルッと振り返りそそくさと歩いて去っていく。

カスミは、彼女の勢いに気圧される。紘菜に対して、感情の波が激しく、つかみどころのない印象を受けた。

その女性、真島紘菜こそが、正隆の浮気相手だった。

おそらく紘菜は、正隆の妻がどんな人物なのか、その目で確認しに来たのだろう。

最初に見せていた、控えめで大人しそうな様子からは考えられない、大胆不敵な行動だ。

紘菜の弱々しい瞳の奥に、女の傲慢さやしたたかさが潜んでいたことをカスミは悟る。




「じゃあ、慰謝料とかの件でその彼女に連絡するから」

調査報告書を正隆に突きつけたカスミは、スマホを差し出せとばかりに、手の平を上に向けて彼の前に出す。

やはりカスミとしても、紘菜に優位に立たれている感覚があり、一矢報いたいという思いがよぎる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ…」

さっきまではカスミをバカにしているような態度の正隆だったが、急に焦ったような様子を見せる。

「いいから。さあ、早く貸して」

カスミは強い追及の姿勢を崩さない。

すると、なんとか言い逃れようとする正隆が、意外な言葉を口にする。

「そんなことをしたら、お前にも危害が及ぶかもしれないぞ…」


「はあ?どういうこと?」

カスミは、正隆の言っている意味がわからず尋ね返す。

「あいつは、見た目は大人しそうだけど、思いつめると何をしでかすかわからない女だ。だから、お前にも何かしてくるかも…」

確かに、レッスンを受けに来た時点で暴挙であり、正隆の言葉にも納得がいく。



「それに、自暴自棄になって、俺の会社に連絡してきて関係をバラされるかも…」

「なによ、本当に心配してるのはそっちでしょう?」

結局は保身のために言っているだけなのだ。

「それだったらもう、俺、会社辞めるわ…ちょうど早期退職者の募集があったところだし」

「…辞めてどうするの?」

「退職金が1,500万円ぐらい入るだろうから、それで何か商売でもする」

「そんなのうまくいくわけないでしょう…。簡単に言わないで」

所詮、会社に守られてきた人間の、浅はかな考えにすぎない。

「それに、退職金が入るのなら、それも財産分与としてもらうことになるからね」

正隆が眉を寄せ、不服そうに見つめる。

「どっちにしろその人とは慰謝料とかの話もしないといけないんだから。ほら」

カスミがそう促すと、正隆は渋々スマホを差し出した。

画面には、紘菜のLINEのアイコンが表示されている。

それを見て、なぜ正隆がLINEの送信先を誤ったのか、合点がいく。



紘菜のLINEのアイコンは、カスミのものととてもよく似ている。

あの、三日月のポーズをとっている画像を使用していた。



カスミが紘菜に連絡をすると、案の定彼女は、正隆の会社に連絡し2人の関係をバラした。

会社に居づらくなり早期退職を考えた正隆は、離婚の話が進むなかで「退職金が財産分与の対象になるはずがない」と言い始める。

離婚後に受け取るであろう退職金を分与されることに納得できないという。

さらに、もし退職金が対象となるなら、カスミの入っている小規模企業共済に対しても、「将来受け取るであろうお金も対象になるはずだ」と訴える。

カスミは詳しい話を聞くため、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとを訪れた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
退職金は財産分与の対象となるが、婚姻期間に見合った額が算定される


離婚の際、退職金は、受け取る前であっても近い将来、退職金を受け取ることが確実な場合には、財産分与の対象となります。

このように近い将来、退職金を受け取ることが確実である場合に限られます。

なぜなら、まだ若く、退職時期がかなり先である場合には、定年退職しても退職金が支払われることが確実とはいえないからです。

今回のケースのように、夫側の勤務先が大手の会社であり、近い将来の退職が決まっている場合は、確実に退職金が支払われるケースだと思われます。

離婚により退職金が財産分与される際、対象となるのがどこまでの範囲なのかが争点となります。

例えば、大学を卒業してすぐ結婚し、就職したのと同時期に結婚した場合には、支払われる退職金満額(離婚した時点で受け取れるであろう金額を算定した退職金満額)が財産分与の対象となります。

しかし、就職してしばらく経ってからの結婚である場合は、その婚姻期間に見合った額が算定され、分配されます。財産分与の対象となるのは、婚姻期間中に形成された財産であるからです。


「小規模企業共済」についても財産分与の対象に


ヨガインストラクターをしている妻が加入していたとされる「小規模企業共済」とは、フリーランスや経営者が退職金代わりに積み立てをおこなう制度で、これについても、財産分与の対象となります。

離婚した時点で解約したとして、その際に受け取ることのできる金額が対象となります。ただしその際も対象となるのは、婚姻期間中に形成された分のみとなります。

厚生年金に関しても同様です。婚姻期間中に蓄えられた厚生年金も、年金分割をして請求が可能。請求期限は、離婚時から2年以内となっています。


妻側は、不倫相手の女性への慰謝料の請求が可能


今回のケースでは、妻側は不倫相手の女性への慰謝料の請求が可能です。請求額の相場は100万円未満から、300〜400万円程度。

請求できる金額は、妻側がどれほどの損害を受けたのかによって変動します。精神疾患を抱えるほどの深刻な状態に陥ってしまった場合などは、高額になります。

また、不倫の期間が長期なのか、短期なのかも、額の変動に大きく影響を与えます。

ただし、不倫する前からすでに婚姻関係が破綻していた場合、慰謝料が請求できない場合もあります。不貞行為によって損害は生じていないと見なされてしまうからです。

婚姻関係の破綻が認められやすいケースとしてあげられるのは、「長期間にわたる別居」や「DVやモラハラの事実」など。

今回のケースでは、そういった事例が見られないので、一般的な相場の慰謝料の額となると思われます。


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


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▶1話目はこちら:離婚で8,000万の財産分与を主張する妻が、夫の“ある策略”にハマり…

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最終回:港区に帰りたい…海外赴任中に離婚を選択した夫婦の逡巡