「羨ましい」
「あの人みたいになりたい」
「別世界の人間だな…」

そんなふうに憧れられる側の人間にも、闇がある。

彼らが、どんなものを抱えているか。

あなたは、ご存じですか?

▶前回:“人生ガチャ当たり”の男。仕事で成功を収めた夜、ありえない屈辱を味わった理由



ケース5:努力家の女


見渡す限り田畑しかない景色。一番近くのコンビニは自転車で18分。

そんなど田舎で生まれ育った私は、幼いころから東京に憧れていた。

ありがちな話だ。


けれど、私は這い上がった。

母子家庭だったこともあり、大学の学費を出すことは難しいと母に泣かれた。でも、必死の努力の末に現役で一橋大学に合格。全額奨学金で、大学に進学した。

学生時代は昼夜問わずアルバイトをして、なんとか生活費を稼いだ。勉強だって抜かりなくやったし、就活には全身全霊を注いだ。

大学受験と、就職活動。

人生を変える2大イベントだっていうことは、ハッキリ自覚していたから。

そして私は晴れて、大手金融機関の総合職の内定をゲットしたのだ。


あれから、10年以上。

34歳になった私は、月島のタワーマンションから夜景を見下ろし、考える。

果たして、私のしてきたことは正しかったのだろうか…、と。




田舎には、必ずといっていいほどヤンキーがいる。私が通っていた公立高校にもいた。

そして、私はその中の一員だった。

非行を犯すほどの度胸はないけれど、目立ってナンボのヤンキー精神で派手に着飾っては廊下にあぐらをかき、大きな声で笑い声を上げていた。

でも、どこかで思っていた。ダサいなって。

虚勢を張るのは自信がない証拠。

10代ながら、いっちょ前にそんなふうに思っていたし、早くこんなところから脱出したいと思っていた。

けれど、その輪から外れるのがなんとなく怖くて、お金がないことを理由にして、惰性でヤンキーたちとつるんでいた。

そんな高校2年生のある日、テレビで見た『ドラゴン桜』が私の本気スイッチを押した。

漠然と抱いていた「東京に行って、ひと花咲かせたい」「もっと上に行きたい」という思いが、このときはっきりと爆発したのだ。

そして私はヤンキーたちと距離をとり、猛勉強に励んだ。

人間の出す本気のパワーっていうのは凄まじいものだった。我ながら感心するほどに必死に勉強し、一橋大学の合格を勝ち取った。

ヤンキーの友人たちは、誰も大学になんて進学しなかった。「一橋大学に合格した!」と報告しても、「ヒトツバシ…?」とキョトンとされるだけ。

この喜びが伝わらなかったことは少し悲しかったけれど、私はついに漠然と抱いていた夢に一歩近づいたのだ。

それが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

このときはじめて、憧れを手にするということがこんなにも素晴らしいことなのかと身をもって体感してしまったのだ。

蜜の味とでも呼ぼうか。

努力することの喜びに、味をしめてしまった。



そして、次なる目標に“有名企業から内定をもらうこと”を設定した。

当時は「第2の就職氷河期」と言われる時代で、有名大学卒でもなかなか思うように就職活動が進まない時期だった。

それでも必死に勉強し、インターンやら、就活に有利になりそうなサークル活動やら、ボランティアにも勤しんだ。

そんなふうに全力で挑んだ就活で、またもや私は目標を達成。大手金融機関から総合職として内定をもらったのだ。

内定者は全部で150名ほど。倍率は数百倍に上ったと聞いた時は、選民意識みたいなものに酔いしれた。

入社して仕事というものをはじめてみると、それは自分に合っていた。

愚直に頑張った分だけ、見返りがある。しかもそれは、お金として、自分への高評価として返ってくる。社会的ステータスにもなる。

母親も、私が立派に東京で働いていることを心から喜んでいる様子だった。



― 一生懸命仕事を頑張るって、何て素晴らしいのだろう。

陳腐な、綺麗事としてとらえられるかもしれない。

けれど、私は本気でそう思った。


次に目標にしたのは、“最年少で出世すること”だった。

けれど…出世は案外苦労した。

女性活躍を推奨する追い風があったとしても、…金融は男性社会だ。その中で、彼らを差し置いて上に行くことは案外難しい。

でも、私はほとんど中毒のような感覚だったのかもしれない。

― あの大きな目標に到達したときの達成感を、また味わいたい。

その一心で、私は昼夜を問わず働いた。自分をより高みに連れて行くため、歯を食いしばって努力し、ついに私は33歳にして最年少でのマネージメント職に就くに至ったのだ。

気づくと、年収は1,300万円を超えていた。



嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

欲しいものを手にする快感は、何度味わっても最高の人生の喜び。

もちろん、上には上がいることを知っている。けれど、自分の出自を考えると、自分の手にしたものの大きさに我ながらうっとりする。

ガラス張りの綺麗なオフィスで、マノロ ブラニクのヒールをコツコツと鳴らし、次のボーナスで買う予定のLOEWEのアマソナバッグのサイトを眺める。

最初から与えられたわけじゃない、自分で勝ち取ってきたという事実に、私は酔いしれていた。



そんなある日、10年ぶり以上に高校時代の同窓会のお誘いが来た。

もはや日々の忙しさの中で、彼女たちのことを考える時間なんてほとんどなくなっていた私は、久々に自分がヤンキーの端くれだったことを思い出す。

― 久々に、会ってみるかな…。

成功した私を見て、何て言うだろう。どんなふうに驚くだろう。

そんな淡い期待を抱いて、私は同窓会へと赴いたのだが…。

「久しぶり〜…」

久々に彼女たちを見た瞬間、何か違和感を覚えた。

そのまま地元に残った彼女たちの多くは、すっかりママになっていたのだ。それ自体は想定の範囲内だったのだが…。

「ねぇ。聞いてよ、昨日またバイト先の店長に陳列方法が汚いって怒られてさ〜…」
「うちなんて、旦那の会社がボーナスカットされたんだけど!!まじ、ありえないくない!?」

それ以外、何も変わっていなかったのだ。

ライフステージは大きく変化してるというのに、相変らず代わり映えのしない活動範囲内で、お世辞にも良いとはいえない生活レベル。

激安量販店の衣料品を身に着け、1円単位で家計簿をつけてるとかで節約に余念がない。

全身から安っぽさが滲み出ている。

彼女たちはもちろん母親として奮闘はしているのだろうけれど、仕事はパート。時給900円で満足している。仕事にやりがいなんて端から求めてもいなければ、何か目標をもつこともない。

10代の頃から、何もかもが現状維持。

私の大好きな向上心というものが、丸ごと欠如しているのだ。



― そんなんで、何が楽しいんだろう…。

どこか憐れむような気持ちで、1人が着ていた襟元がよれよれのカットソーを眺めていたのだが…。

徐々に、不思議な感情に襲われた。

彼女たちの話題はもっぱら旦那の愚痴、パート先の店長の悪口、昨日のバラエティ番組について…。

そんな些末な、ありふれ過ぎた話題ひとつひとつに、ケラケラと笑い合っているのだ。

そして、そんな光景を眺めながら思ってしまったのだ。

― あんなふうに笑ったの、最後いつだろう…。

ひたすらに現状維持を貫き通す彼女たちだが、明らかに私より幸せそうな気がしてきたのだ。

― もしかして、私…。何か間違えた…?

いつしか日々唇をかみしめ、辛い思いに耐えることが当たり前になっていた。私は、大きな目標を達成したときにしか喜びを感じられなくなっている。

私だって笑うことはあるけれど、思い返せば、ほとんどの場合が営業先での愛想笑いだ。

― あれ…もしかして私…。

随分と前から、とんでもない間違いを犯していたことにようやく気づいた。

そんな気分だった。

けれど、頑張り続けることが当たり前になって10年以上たつ。頑張らないということに罪悪感すら抱くようになってしまっている。

そんなメンタリティーを誇らしくも思う自分もいる。

それに何より、高みを目指す快感を知ってしまった私は、現状維持に満足はできない。知らなかった頃には戻れないのだ。

そのおかげで、たくさんの素晴らしい経験をしてきたことは事実だ。

でも…。

果たして、これは正解だったのか。

こたえは分からない。

けれど、きっと、もう私は彼女たちみたいにはなれない。

必死に顔面に強張った笑顔を張り付けながら、自分が歩んできた道にほんの少し絶望しながら、答えのない問題を考え続けた。


▶前回:“人生ガチャ当たり”の男。仕事で成功を収めた夜、ありえない屈辱を味わった理由

▶1話目はこちら:「ヒゲが生えてきた…」美人すぎる女社長の悩みとは

▶Next:8月21日 日曜更新予定
高学歴の呪縛に苦しむ女