今となっては昔のことですが、港区に沙羅という女が生息していました。

「今夜、食事会あるんだけどどう?」と言われれば飛び入り参加して、必死に“彼氏候補”を探したものでした。

ある日、ようやく彼氏ができて食事会に行かなくなりましたが、その彼にも…。

残念に思って2年半ぶりに港区へ近寄ってみると、そこには以前と全く別の世界が広がっていたのです。

▶︎前回:同棲中の彼にフラれ、婚活市場へと舞い戻った33歳女。そこで直面した残酷な現実とは



変化した、港区お食事会事情


今日も暑い。マンションのゲート内を歩いているだけで、汗が滝のように流れてくる。

「こんな早い時間から、お食事会って…」

今日は先日知り合ったばかりの萌ちゃんが主催した、2対2のお食事会に参加する予定だ。

しかし指定された時刻は、まさかの17時半。

お食事会といえば19時から。もしくはもう少し遅くからが定番だったはずなのに、この2年間で会の開始時刻は早くなっていたらしい。

「化粧、崩れないかな…」

ゲートの外に出て、慌ててタクシーを拾う。今日の会食相手は、少し年上の経営者だと聞いていた。

「リップだけでも、塗り直しておこう」

バッグからポーチを取り出し、ティントのリップを塗り直して、私は指定されたお店へと向かった。


萌ちゃんから送られてきたお店のURLを開き、地図を確認する。今日の店は1人5万はする、予約困難なフレンチだった。

「さっすが。いいお店で嬉しいな♡」

いい男=いいお店へ連れて行ってくれる人。この法則は変わっていないようで、安心する。

そうこうしているうちに、タクシーがお店へ到着した。時刻は17時33分。3分ほど遅刻してしまったけれど、仕方ない。

むしろ、少し遅れて登場するくらいがちょうどいいだろう。

そんなことを思いながら、店の扉を開けた。しかしここでも、私はカルチャーショックを受けたのだ…。



「ごめんなさい、お待たせしました♡」

個室に通されて挨拶をすると、意外なことにもう全員席に着いていた。

「えっ…。遅くなって、すみません!」

慌てて謝ると、ニコニコと人の良さそうな男性が声をかけてくれた。

「いえいえ。じゃあ始めようか」

同世代の友人同士で集まるとき、この界隈で遊んでいた女の子たちは誰もオンタイムに来ない。

10分遅刻は当たり前だし、それが普通かと思っていた。

でもそういう“人として基本的なこと”ほど、大事にしないといけないのかもしれない。最近は若い子たちのほうが、キッチリと時間を守っているような気がした。

「沙羅さん、待ってましたよ〜♡こちら、田中さんと林さんです」
「ああ。初めまして、沙羅さん」

人の良さそうなお2人は、ゴルフでもされているのか少し日焼けしている。年は50歳前後くらいで、以前私が遊んでいたような人たちだった。

「沙羅ちゃんは、仕事帰りだったの?」
「えっ?いや、違いますけど…」

そう言われたときに、3人の視線が私のバッグに集まっていることに気がついた。

これは10年前、昔の彼氏に買ってもらった、勝負のときにしか持ち歩かないバッグ。30cmのブルージーンで、今だと100万はする。

いいバッグを持っていると自分の武器になる。いつもより自信が持てるし、自分の価値を高めてくれる。

頑張っておねだりした甲斐があった…。そう思っていたけれど、萌ちゃんのそばにあるバッグを見て驚いてしまった。

携帯とリップ、そして鍵を入れたらもう終わりくらいの、何も入らない小さなバッグだったから。



「沙羅さん、そのバッグ大事に使ってるんですね♡食事会にその大きさ持ってくるとか、可愛い〜」

萌ちゃんが、若干バカにしながらマウントを取ってきたことだけはわかった。

流行りのバッグのサイズは、どんどん小さくなっているようだ。

リモートワークが増え、家から食事会へ来る人が多くなった。朝からずっとオフィスにいて、アフター5で化粧直しをイチからして…。なんて人が減った影響もあるのかもしれない。

自分だけ取り残されている感じがして落ち込んでいると、隣に座った田中さんが話しかけてきてくれた。

「沙羅ちゃん、飲んでる?」
「はい!!」
「結構飲めるタイプなんだ。いいね!」

前回の食事会ではあまり飲めなかったので、今日は楽しい会になりそうだなと期待に胸が躍った。


食事会が始まって、1時間ほど経った頃だろうか。田中さんのペースが早いので、私も追いつこうと懸命に飲んでいると、久しぶりだったせいか酔いが回ってきた。

「沙羅ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です♡」

― 結局、こういう飲み方をする人はまだいるってことなのね。

シャンパングラスを傾けながら、綺麗な泡を見つめる。前回はシラフの会だったので驚きと寂しさがあったけれど、港区イズムはまだしっかり残っていたらしい。

しかし意気揚々と楽しく飲んでいると、萌ちゃんが隣に来てそっと私の耳元で囁いた。

「沙羅さん、大丈夫ですか?今日はギャラもないですし、無理せずに」
「え!?ギャラ?」

思わず声が大きくなってしまった。けれども、そこで私は気がついた。

これは純粋に出会いを求める“お食事会”ではなく、ただの“接待飲み会”だったということに。



そう気がついた途端に、急に目の前の景色が色褪せていく。さっきまでラグジュアリーな空間が輝いて見えたのに、一気に色を失っていった。

「あの…。田中さんは今、ご結婚されているんですか?」
「僕?まぁ一応。沙羅ちゃん、そんなヤボなこと聞かないでよ〜!彼女募集中なのに」

50歳くらいの田中さん。「既婚者がこんな場所で何やってるんだ!」と言いたいところだけれど、港区では彼のような人にもちゃんと需要がある。

「ちなみに、沙羅ちゃんって何歳なの?」
「私は、今年で34歳になりますが…」
「34か〜。“そろそろ”だね」

何が“そろそろ”なんだろう。そして田中さんは私の年齢を聞いた途端に、わかりやすく態度が変わった。

「沙羅ちゃん、結婚はしてないの?」
「してないです」
「そうなんだ。じゃあまた今度、誰か女の子連れてきてくれない?僕の経営者仲間が、彼女探しててさ。3対3くらいでどうだろう?」

もう、この界隈では主役でいられない。急に脇役に追いやられ、シャンパンを飲む気さえ失ってしまった。



結局もう一軒お付き合いすることになり、解散できた23時過ぎにはすっかり疲労困憊だった。

「萌ちゃん、今日は声かけてくれてありがとう」

それだけ言ってタクシーに乗り込もうとすると、彼女が可愛らしい笑顔で手を振ってくる。

「いえいえ!沙羅さんって男性陣の扱いもうまいし、本当に助かりました」

― 助かるって…。この子、何者?業者なの?

萌ちゃんの言い方からすると、飲み会がまるでビジネスのように聞こえる。モヤモヤした気持ちを抱えながらタクシーに乗り込むと、なぜだか涙が溢れそうになってきた。

以前は、この港区の艶やかな雰囲気や時間が好きだった。

男性はお金。女性は美しさ。何を持っていれば“勝ち組”なのか、わかりやすいのがラクだった。

でも、2年ぶりに港区という主戦場に戻ってきた今、そんな価値観は虚しく思える。

そしてこの街からすると、今の私には何の価値もない。

― このままじゃダメだ。

仕事も人生も、今が正念場。

タクシーの窓から西麻布の景色を眺めながら、港区の新常識を見つめつつ「3ヶ月以内に自分らしさを取り戻して、必ず幸せになろう」と決意した。


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「港区女子、35歳定年説」とは