「30過ぎてまで、何やってるの?」と、時に人は言う。

東京における平均初婚年齢30.5歳を境にして、身を落ち着かせる女性が多い一方で、どうしようもない恋愛から抜け出せない人がいるのも事実。

他人には言えない心の葛藤、男女の関係――。

30歳を過ぎた。でも私は、やめられない。

少し痛いけれど、これが東京で生きる女のリアルなのだから。

▶前回:カレの女遊びを許してしまう…同棲中の家に女を連れ込む男に対して、33歳女が出した答えとは



Vol.3 実莉、30歳。彼女持ちのオトコが好き。


「ねぇ、幸人。あなたの彼女って、私の存在に気づいてる?」

ふたりでベッドを共にしたあと、私は男に聞いた。

この男には付き合いの長い彼女がいる。たしか、付き合って8年経つと言っていた。つまり、私と浮気しているのだ。

かわいく聞いたのに、冷たく「さぁ?」と聞かれたのでカチンとくる。

― 何よ。さっきまで甘ったるい言葉を散々浴びせてきたのに…。

男はどうして事が済むと、そっけなくなるのだろうか。

「っていうか実莉、無理やり家に入れたんだからシャワーは我慢して帰ってよ?」
「……」

私はその言葉を無視して、バスルームへ行き鍵をかけた。

ドアの外から幸人が何か言っているが、シャワーの音で聞こえない。

「ふぅん。彼女、結構いいシャンプー使ってんじゃん」

私は、サロン専売の高そうなシャンプーを多めにプッシュして、たっぷりの泡で髪を洗った。

「実莉!いい加減に出てきて」
「はいはい。ごめんね、そんなに怒らないでよ」

幸人がバスルームのドアを叩くので、私は目を閉じてトリートメントを洗い流した。

そして、彼の態度があまりにも気に障ったので、“あること”をしてやろうと決意した。


「え!?それで、その男の人の彼女に連絡したの?」
「うん。『幸人がかわいそう!早く別れろ。オバさん』って」

友達の茜が、眉間にシワを寄せた。

近況を聞いてくるから、先週あった出来事を素直に伝えているのに、茜の口からは説教ばかり出てくる。

正直言ってもう聞き飽きたし、うんざりだ。

ランチに西麻布の『鮨十』でお寿司を食べた後、適当にカフェに入ったのだが、私はもう帰りたくなっていた。

「でも、どうやって?」
「Instagramから。幸人の投稿に丁寧にタグづけしてあったから、楽勝だった」
「はぁ…!?」

茜は呆れている。



LAで生まれ育った茜と、UCLAに短期留学経験のある私は、とても気があう。

数年前は、六本木や西麻布で毎晩のように遊んでいた。

アイドルや芸能人が出没するバーがあって、そこで声をかけてもらうのを待っていたこともある。

茜は、若くてイケメンが大好きで、昔はそこそこ派手に遊んでいた。

なのに今や、かなり年上の人と結婚して落ち着いてしまったのが、心底つまらない。

「実莉、今年で30歳だよね。そんなことしてると幸せになれないし、みんなに置いてかれるよ」
「みんなって?」
「それは…周りの友達とか、世の中の同年代の女子とか?実莉だっていつか結婚したいでしょ?」

茜は冷房が寒いのか、腕をさすりながら答えた。

「別に。私、結婚願望ないし。結婚したって世の中の大半は他の人に目移りしたり、離婚したりしてんじゃん」
「…そっか、それなら、何も言わない。余計なお世話でごめん」

そこから会話が途切れ、私たちはそれぞれスマホを触り始めた。

結婚したら幸せとは限らないし、同じ人をずっと男として愛するなんて、不可能だ。

それならば、いろんな人と一夜を共にして何度もドキドキして、一瞬の快楽を共有したほうが間違いなく楽しい。

「じゃあ、私これから美容院だから。今日は色々言っちゃったけど、実莉のこと心配してるんだからね」
「うん。わかってるよ、ありがとう」

そう言ったものの、私は茜のように落ち着く気はなかった。

私は、カフェを出て、今一番お気に入りの男に電話をかけた。



「あ、幸人?どこ?今から会おうよ。ちょうど六本木にいるからさ」
「無理だよ。仕事中!じゃあな!」

― は?一方的に切らないでよ。

私からの電話に、全く嬉しそうじゃない態度。

そのことにイライラしながら、六本木ヒルズの方まで歩き、どこかひとりでお酒が飲めるところを探した。

夏のうだるような暑さと幸人の両方にいら立ちながら、カジュアルなバルに入る。

店員をすぐに呼びとめ、冷えた白ワインをボトルで注文した。

飲みながら幸人に何度も電話するが、留守電になり、LINEも返してくれない。

― ろくな仕事してないくせに。返事くらいしてよね!

私は、だんだん自分が何に対して怒っているのかわからなくなっていた。

そして、日が暮れ出した頃、いい感じに酔ってきた。もうどうにでもなれという気分だ。



幸人は画家だ。

出会ったのはちょうど3ヶ月前。幸人が友人と合同開催していた代官山での個展。

ふらっと寄ってみたものの、正直言って絵は好みではなかった。

ただ、幸人のアーティストっぽい長めの髪とヒゲにはめちゃくちゃに惹かれた。

私の手慣れた駆け引きのおかげで、一度目のデートでそういう関係になった。

それが、軽く扱われる原因なのはわかっている。

簡単に体を許す女を、男が大事にするわけがないから。

それに、彼には彼女がいた。

口では「もう家族みたいなもんだから」と笑っていたが、その話し方から、本当は本気で好きなのだと思った。

だから、幸人の彼女に早くわからせてやりたいのだ。

あなたの彼氏は女にだらしない、と。



そして、その感情のまま、スマホの画面で指を動かす。

『歩美さん、浮気されているの、気づいていますか?』
『私が幸人とどんなことしたのか、教えてあげましょうか』
『無視しないでください〜』

酔いにまかせて、歩美という名前の幸人の彼女に連続でメッセージを送った。

これだけ送れば、何か言ってくるだろうと思った。

でも、彼女からは反応はない。スマホを見ていないのだろうか。

― 私と幸人は、あなたのいないところで、どんなことをしていると思う?

頭の中で、架空の会話を繰り返す。

浮気を知った時のその女の顔を想像したら、おかしくて、また何杯でもお酒が飲めちゃいそうだ。

そんなことを考えていると、店員に話しかけられる。

「お客さま、すみません。ご予約が入っていまして…」
「あ、はい。じゃあお会計お願いします」

― あら、結構長居しちゃったのね。

私は、スマホで時間を確認しようとしたのだが充電が切れていた。

仕方なく、バッグの中の腕時計を探す。

「あれ。ない…!」

たしかにバッグにいれたはずの、お気に入りの腕時計がないことに気づいた。

先週幸人の家に行った時、彼が早く帰れと急かすから、アクセサリーも時計も着けずに出てきた。

その時、洗面台に置きっぱなしにしてしまったのかもしれない。

― まあいいや。今から取りに行こっと。

私はフワフワした気分のまま、店を出て、幸人が住む六本木のマンションに向かった。

幸人のほかにも何人か遊んでいる男はいる。

その全員が私に夢中だ。私といるのが楽なのだろう。

だって、私は、結婚したいとも付き合ってほしいとも言わないのだから。

ただ、幸人は違った。

何度体を重ねても、私を見てくれない。でも逆に、そこが燃えた。



でも、もう終わりだ。私は男を追いたくはない。

幸人のマンションのエントランスに到着し、部屋番号を押す。一度しか訪れていないから合っているかドキドキしながら。

「はい」
「あ!幸人。あのさ、私。実莉だけど、忘れ物しちゃったの。カルティエの時計」
「は?まじかよ。そんなのなかったけど」
「あるある!絶対ある。あれ、高いんだよ!なかったら弁償してもらうから。いいから、とりあえず出てきて」
「無理だよ。彼女いる」

解錠されることもなく、そのまま切られてしまった。

そのあと何度もインターホンを鳴らしたが、今度は出てもくれない。

挙句の果てに、警察を呼ぶと言われ、門前払いだ。

― はは……。バチが当たったってわけね。

昨年廃盤になってしまった50万円のタンク ソロと引き換えに、私は、何を得たというのだろう。

幸人と会っていたこの3ヶ月間は、その時計と同等の価値はあっただろうか。

「…帰ろ」

酔いがさめてきて、すべてがバカらしく思えた。他の男に連絡したくても、充電が切れているスマホは何の役にも立たない。

私は、なんとかタクシーを拾い重たい腰をシートに埋めた。

「さよなら、幸人。お幸せに」

他人の男と火遊びするのは、最高に楽しいし興奮する。

それは私にとって刺激的で、なくてはならないもの。いくらヤバい女と見られようとも、今さら手放すことはできないのだった。


▶前回:カレの浮気を許してしまう33歳女。同棲中の家のインターホンに、見知らぬ若い女が映っていて…

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