― イイ男はすでに売約済み ―

婚活戦国時代の東京で、フリーの素敵な男性を捕まえるなんて、宝くじに当たるくらい難しいと言っても過言ではない。

待っているだけじゃ『イイ男』は現れない。

これだと思う人を見つけたら、緻密な戦略を立ててでも手に入れる価値がある。たとえその人に、彼女がいても…。

◆これまでのあらすじ

大手外資IT企業に勤める凛(30)は、憧れだった彼女持ちの悠馬に再会し、略奪をしようと決意する。会社の上司・涼子のアドバイスを実践し、徐々に彼と仲良くなるが…。

▶前回:友達から恋人になりたい…。24時のタクシーで2人きりになったとき、女は大胆にも…



「はぁ、今日も連絡がない…」

金曜18時。

会社のカフェで休憩をとっていた凛は、スマホを見てため息をつく。

悠馬とは2人で飲みに出かけたきり、2ヶ月以上も会っていない。

彼がクライアント先に出勤しているので、六本木に界隈にいないというのもあるが、最近はLINEもしていない。

凛がLINEすると返信はあるが、彼から連絡をくれることはない。次第に送るネタもなくなり、ここ2週間ほど連絡が途絶えている。

― サークルの先輩と後輩という関係からまったく抜け出せてないな…。

凛が窓際でうなだれていると、そこに同期の彩香がやってきた。

「どうしたの?元気ないじゃん」

ちょうど誰かに話を聞いてもらいたい気分だった凛は、正直に打ち明けることにした。

「実は…好きだった先輩に再会したんだけど、その人に彼女がいて…」

彩香は「ふうん」と興味なく答えると、持っていたカフェオレを一口飲んだ。

「で?奪おうとか思ってるの?」
「えっと…」

直球な質問に、言葉が詰まる。すると彩香が冷たい目をして言った。

「彼女持ちは、やめておいたほうがいいよ。もしかして、涼子さんに言われたこと、本気にしてるの?

フラれて寂しいタイミングで再会したから、その人が良く見えるだけかもよ?」

「違う、そんなんじゃないの」

凛は自分がいかに悠馬を好きかを、全身全霊で彩香に説明した。

だが…。


「でも、彼女持ちはよくないよ。フリーのいい男だってたくさんいるよ。今ならアプリとかもあるんだし」

思いの外反対されて、凛は何も言い返せない。彩香は返事も待たず早口で続けた。

「それにどうやって落とす気?」
「私にしかない魅力とか色気とか?」

凛は、半分本気で答えたのだが、彩香は急に大笑いしてその場が和んだ。

彩香は「それにね…」と急に小声になった。

「聞いた話だけど、涼子さん夫婦、実はうまくいってないらしいよ?だから略奪なんてやめときなよ。きっと傷つくだけ」

「えっ」と戸惑う凛を置いて、彩香は「じゃ、もう戻るね」と言って、さっさと自分の部署へと帰ってしまった。





翌日の土曜日。

凛は、ジムに行った帰り『CAFE GITANE』でブランチを取っていた。

今日こそは悠馬とジムで会えるのではと期待していただけに、切ない。

スマホを確認するも、悠馬からの連絡は当然ない。

ふと店内を見渡すと、背格好が悠馬に似た男性が、ハーフっぽい綺麗な女性と食事をしている姿が目に入ってきた。

― 悠馬の彼女、エリさんもあんな感じなのかな…?

悠馬と長く会えていなかったせいか、これまで抑えていたエリへの嫉妬心が突然むくむくと膨らみ、凛の心を支配した。

― 確か彼女、横浜のハイブランドショップで働いてるって。もしかして今日もいるんじゃ…?

居ても立ってもいられなくなった凛は、さっさとお会計を済ませて、駅へと向かっていた。

― 戦うためには仕事と同様、敵を知らなきゃ。

直接エリと会ってどうしたいのか、答えはなかった。ただどうしても、エリを一目見たくなったのだ。



恵比寿から湘南新宿ラインに乗って横浜駅で降りた。エリが働いているというデパートに向かって無心で歩いていく。目的の店に近づくにつれて、心臓の音が大きくなる。

― きっとここだ…。

入り口には列ができていたため、最後尾に並ぶ。そして自分の番がきて、感じのいい20代後半の女性スタッフに案内された。

「今日は何かお探しのものはありますか?」

顔を見た途端、凛は確信した。

すっきりとまとめられた艶のある髪に、彫りが深く大きな目と高い鼻。さらに細身のスーツがよく似合うスタイルの良さ。

― この人が、悠馬さんの彼女だわ!

想像していた通りの美人。ツンケンした感じはなく、親しみやすさも感じられる。

凛が見とれていると、エリと目が合ってしまった。すると彼女は真っすぐに凛を見て、ニッコリと笑顔を向ける。

思わず凛は目を逸らす。彼女を目の前にして、自分のやましい心が急に恥ずかしくなったのだ。


「特には…」
「新作もご用意しておりますので、どうぞお好きにご覧ください」



凛はエリに悟られないように、買い物を楽しむふりをして彼女を観察した。

エリは指示を仰ぎに来た他のスタッフに笑顔で応え、海外から来た客には流暢な英語で対応していた。

その様子から、仕事ができて後輩からも慕われていることが見てとれる。

居心地が悪くなった凛が店を出ようとした時、エリが「またいつでもお越しください」と、声をかけてくれた。

凛は、早足で横浜駅に戻り、ベンチに座った。周りに誰もいないと確認した途端、凛の目からポロポロと涙が溢れ出た。

― あんなラスボス級の美人だなんて、敵わない…。

だが、ふと気づいた。

彼女が美人だから、仕事ができるから、慕われているから…とか関係ない。悠馬と3年も付き合っている、その事実に敗北感を感じていることに。

そして、彼女に会って凛が入り込む隙がないことを突きつけられた気がした。

― 結局私は、“邪魔者”なんだな。美しい姫と王子の間を引き裂く魔女…。

「悪役に徹するの」という涼子の言葉の意味が、わかった気がする。

はぁ、と深いため息をつくと「魔女ならせめて魔法で家まで瞬間移動できたらいいのに。いや、それは猫型ロボットか」と現実逃避をしながら、中目黒行きの電車に乗って家へ向かった。





エリに会ってから、凛は悠馬のことを諦めようともがいていた。

出会いを求めてマッチングアプリに登録してみたり、友人に紹介を頼んでみたりしたものの、どうしても他の人に会う気になれなかった。

諦めたほうがいいと頭ではわかっていても、気がつくと悠馬のことばかり考えてしまう。

こうなったら仕事に集中しようと、ジムにも行かず仕事に没頭していたある日、突然悠馬からLINEが来た。

約2ヶ月ぶりのLINE。しかも彼から送られてくれるのは初めてだ。

凛はドクドクと大きく波打つ心臓をおさえながら、トーク画面を開いた。

「土曜日の朝、目黒の打ちっぱなしに行くんだけど来る?」

以前悠馬と2人で飲んだ時、ゴルフが趣味だという彼に凛はダメもとで「教えてほしい」と頼んでいた。そのことを覚えてくれていたようだ。

― せっかく忘れようとしてたのに。こんなの、断れるわけないじゃん…。

少し迷ったものの、すぐに「ぜひ行きたいです!」と返信する。

凛は自分が悪役でしかないことも忘れ、デートに誘われた漫画のヒロインのように、頬を紅潮させるのだった。


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