「30過ぎてまで、何やってるの?」と、時に人は言う。

東京における平均初婚年齢30.5歳を境にして、身を固める女性が多い一方で、どうしようもない恋愛から抜け出せない人がいるのも事実。

他人には言えない心の葛藤、男女の関係――。

30歳を過ぎた。でも私は、やめられない。

少し痛いけれど、これが東京で生きる女のリアルなのだから。

▶前回:なんでも言うことを聞く年下彼氏。「僕は召使いなの?」突然告げられた“報告”に、女は泣き崩れ…



Vol.9 芽衣、30歳。恋愛は、男を落とすまでが楽しい最高のゲーム。


「え〜!トオルくんって俳優やってるんだっけ。すご〜い!それじゃあ、彼女さんも鼻高々でしょう?」

私は『セラー ドア アオヤマ』で赤ワインを飲みながら言った。

今日のデート相手は、数年前に食事会で連絡先を交換したトオル。

なんとなく思い出して久しぶりに連絡してみたのだが、予想外の食いつきですぐに会うことが決まった。

「いや、全然…っていうか彼女、僕が何してるか知らないし、興味ないと思う」
「そうなの?どうして?」

私はあえて視線を合わせずに聞いたが、本当は興味津々でたまらない。

― 彼女とうまくいってないか、マンネリしてるか…どちらかね。

案の定、トオルは彼女とうまくいっていないようで、お酒を飲めば飲むほど、不満や悩みを吐き出した。

彼は細身なのに肩幅が広くて足が長い。肌も綺麗で、肉眼で確認できる毛穴がひとつもない。

― よく見たら、結構かっこいいかも。

私は、トオルに気づかれないように彼の全身を観察した。

「彼女さんのこと私でよければ相談に乗るから、よかったらもっと聞かせて」
「芽衣ちゃん…」

私がぽってりとした唇で、甘くささやくように言うと、トオルの顔がかすかに赤くなった。

― ふふ。これはイケるわね。

私は、ボトルで注文した赤ワインをトオルのグラスに注ぎ、彼がさらに酔うのを待った。



「うわ…頭いたっ…」

翌朝。トオルが隣でつぶやく。

自宅のセミダブルのベッドで、私はぴったりとトオルに体を寄せている。

「あ、おはよう」

まるで今起きたばかりのような声を出したが、私は30分前に一度起きている。

歯を磨き、髪をブローして、顔には薄くファンデも塗ってきた。

「ごめんね。トオルくんすごく酔ったしフラフラしてたから、家に連れてきちゃったの」

私は唇に人差し指を当てて、困ったように言った。

トオルはキャミソールにショートパンツ姿の私を見て、ドギマギしている。

その後、自分が服を着ていないことにもっと驚いていた。

それもそのはず。彼は酔い潰れ、ほとんど記憶がない状態でうちに来たのだから。

昨夜、トオルはうちに着くとすぐに「気持ち悪い」と言って、トイレに閉じこもり、そのまま寝てしまった。

かなり焦ったが、幸運なことにトイレの鍵は空いていたので、私は彼をリビングまで移動させた。

そして汚れた服を脱がせ、軽く手洗いしてから洗濯機に放り込み、なんとかベッドに寝かせたのは夜中の2時のことだ。



もちろん、そんな状態の人と何かが起こるわけがない。

でも私は、ふたりの間に“何か”があったことにしたかった。

単純にその方が面白そうだから。

「えっと…もしかして僕、芽衣ちゃんと…?」
「やっぱり、覚えてないよね。すごく酔ってたし」

そう言って悲しげにうつむいて見せた。

トオルの申し訳なさそうな視線を、ビシビシと感じる。

彼女がいるのに、他の人と朝まで過ごしてしまった。しかもそのことを覚えていない。

彼にとっては、罪悪感しかないだろう。

「でも、いいの!忘れよう。私はトオルくんのこと好きになりかけちゃったけど…。覚えてないなら、なかったことにしよ」

私は笑顔で答え、そのままキッチンへ向かった。

「コーヒー飲む?」
「…うん」

まだ状況が飲み込めていないトオルに、洗ってあげたTシャツと一緒にコーヒーを渡した。

その時のトオルの表情を見て、彼はもう私のものになるだろうと確信した。

昨夜、「僕は彼女に尽くしている。でも彼女はこっちを本気で見てくれない」と繰り返し言っていたトオル。

だから、逆に尽くしてあげれば、彼は落ちる。

私の予想は見事的中した。


あの夜から私たちのLINEは途切れることなく、1週間が経過した。

私は今、家でリモート勤務中だというのにトオルとのLINEを楽しんでいる。

ラリーが続いた後に数時間返さなかったり、かと思えば、いきなり写真を送ったりした。

私の返信が遅くなると、トオルは催促のスタンプを送ってくる。

彼がかっこいいのにモテない理由は、きっとそういうところにあるのかもしれないと苦笑しながら。



『トオル:よかったらまた会いたいんだけど、どうかな?』
『芽衣:いいよ。いつにする?』

トオルは、LINEだけじゃ物足りなくなり、私をデートに誘ってきた。

― ほんとに予想どおりの人ね。

私は、楽しくて仕方なかった。

狙っている男性が自分に夢中になるのは、何度経験しても快感だ。

これは恋愛というよりゲーム。

どこにでもいる会社員の私が、自己肯定感を上げるための唯一の方法でもある。

トオルが送ってきた日程に既読をつけたところで、いったん返信するのをやめた。

返信がないことで、トオルの頭の中は私でいっぱいになるはずだ。

そのかわり、仲良しの女の先輩にSlackでチャットを送った。

『Mei Nishida:今日飲みに行きません?(^^) 話したいことが…♡』

先輩からすぐに返信が来る。

『浜辺花:お互いリモートなのに?また今度出勤したときにしよ〜!』

― なんだ、つまんないの〜。

でも、今までどんな男の話をしても、最後は説教されてきた。

それを思い出し、私は先輩に絵文字を送りチャットを終了させた。

コーヒーをいれてからPCに向き直り、ようやく頭を仕事モードに切り替え、業務をこなし始める。



翌週末。

「ごめんね。トオルくんの彼女にはなれないや」

大手町にあるラグジュアリーホテルの一室。

目の前には、狐につままれたような表情のトオルがいる。

ここで昨夜、私はトオルと肌を重ねる…寸前までいった。

そしてたった今、彼に付き合ってほしいと告白されたのだ。

昨夜、彼との2回目のデートは、丸の内の『ウルフギャング・ステーキハウス』だった。



美味しい赤ワインが飲みたいとリクエストしたのだが、お店のセレクトがステーキハウスだとは思わず、嬉しい驚きだった。

もちろんワインにもハズレがなく、お肉もとってもおいしくて、私はトオルに好意をもったのだ。

でも、それは彼女になるということではない。

「えっ。でもこの前、僕のこと好きって言ってたよね」
「好きとは断言してないよ。好きになりかけてるって言ったの」
「でも、僕…彼女と別れたのに」

トオルは泣きそうな顔で言った。

私は親身になって相談に乗ってあげたり、連絡の駆け引きをしたり、昨夜だってトオルとのデートが楽しい時間になるように、私なりに場を盛り上げた。

それは私がしたくてやったことだから嘘はない。だから、彼の心と体は、今私にガッチリと掴まれているのだろう。

「それに…私、先に関係を持とうとする人とは、お付き合いしないって決めてるの」

そう言うと、トオルは顔を伏せた。

「そんな…」
「ごめんね」

そう口にしたが、本当は悪いとは思っていない。独身の恋愛は、すべてが自由なのだから。

トオルのことは容姿が整っているし、年下らしい可愛さもあって好きだ。

でもそれは恋人にしたいほどではない。それだけのこと。

それに私は、男を落とすまでの過程が好きなのだ。

誰のものであっても、必ずこちらに夢中になる男を観察するのはゾクゾクする。

もちろん、こんなことをずっと続けたいわけではない。

もしいつか、私の心を突き動かす男性が現れたら、その時はダラダラと交際などせずにスパッと結婚するだろう。



そして、早く、この恋愛市場から消えたい。

でも、そんな男性が見つかるのが5年先になるか、10年先になるかはわからない。

それだけのことなのだ。

妥協して付き合ったり、結婚したりするなんて絶対にありえない。

バカにしているわけではないが、婚活アポについての愚痴をSNSで目にすると笑ってしまう。

何十人もの男と無駄な時間を過ごして、嫌な思いをして、それをSNSに垂れ流す行為はどこが楽しいのだろうか。

だったら婚活アポなんてしなきゃいいのに、と私は思うのだ。

「私、シャワー浴びたら朝ごはん食べにレストラン行くけど。トオルくんはどうする?」
「いや。僕はいいよ」

私は答えを最後まで聞く前に、バスルームへ向かった。

― 今回のゲームは簡単すぎたなぁ。

「彼女と別れる気はない」とか「私のことを利用しただけだ」とか、そんなふうに言われたら…。

この結果は、変わっていたかもしれない。

トオルの誠実で優しすぎるところが、私にとってはマイナスになってしまった。

日々、女は老化していく。

だったら、付き合うまでの一番楽しい時期を、花の蜜を吸うようにこのまま続けていたい。

そんなことを思いながらシャワーの蛇口をひねると、ゲーム終了のホイッスルのごとく、キュッとした音が室内に響き渡った。


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