レストランに一歩足を踏み入れたとき、多くの人は高揚感を感じることだろう。

特に、それがクリスマスの日だったなら…。それは、忘れられない体験となるに違いない。

なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。

これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。2022年クリスマス限定の特別編。

皆さま、今年も、Merry Christmas!

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Vol.23 千晴(28歳)のクリスマス


12月の華やいだ雰囲気が好きだ。

街を歩いているとどこからか流れてくる『All I Want For Christmas Is You』を聞くと、心が自然と高揚する。

今日は朝からフェイシャルエステと痩身サロンをハシゴした。昨日は髪の毛にしっかりトリートメントをして念入りにブローしたから毛先までツヤツヤ輝いている。

私にとって、メイクやファッションに気合が入る時は、男性とのデートではなく、自分よりもカッコいい女性と会う時だ。

今日は、12月24日 土曜日。

表参道の交差点からタクシーに乗って『スーツァンレストラン陳』があるセルリアンタワー東急ホテルに向かう。

落ち着いた雰囲気のエントランス。クリスマスツリーの前で、家族連れが仲良さそうに写真を撮っている。

お店に入ると唐辛子が山のように盛られたオブジェが目を引く。中には、黒を基調としたスタイリッシュな空間が広がっている。

― ふぅ。緊張する。

今日は、忘れられない“ある女性”に会う日なのだ。


きっかけは、クリスマス1ヶ月前


11月の秋晴れの清々しい日。私は「アンダーズ東京」で中高の同級生の結婚式に参列していた。

ダンス部で6年間一緒だった友人の結婚式のため、会場は見知った顔ばかり。

私たちは都内にある中高一貫の女子校出身だ。髪を染めることやメイクは当然禁止で、スカートの丈や紙袋まで指定される校則が厳しい学校だった。



そんな私たちも、人生28回目の冬を迎えている。

「25歳を過ぎたら結婚ラッシュが来ると聞いていたけど、本当に来るんだね」

私の隣には、美帆が退屈そうに座っている。彼女は新卒で損保の一般職に就職したが、去年コンサル会社の人事に転職し、調子が良さそうだ。

くりくりした目に薄い唇、華奢な細い手足はまるでバレリーナのよう。

美帆が着ているパステルブルーの淡いドレスが、その女の子っぽい見た目をさらに際立たせる。

「もう部活のメンバーの半分弱が結婚したんじゃない?」
「そうかも」
「はぁ〜。みんな、たいして美人でもないくせに、ちゃっかり稼ぐ旦那を見つけているよね」

美帆は、可愛らしい見た目とは裏腹に、毒舌の持ち主だ。

でも、就職や仕事で悩んだ時、彼女の忖度しない的確なアドバイスに助けられたことは少なくない。

美帆が私に聞く。

「で、例の食のセンスが最悪な彼氏とは、最近どうなのよ」
「美味しい中華が食べたくて『スーツァンレストラン陳』を予約しようとしたの。だけど、『記念日以外で高いレストランに行きたくない』って言われた」

私の彼氏は体育会系の商社マンで、男社会の中で生きている人だ。

優しくて一緒にいて気持ちが明るくなる素敵な人だが、唯一の欠点が、レストランの好みが合わないこと。

「会食が多い人って身銭を切っていないから、味がわからなくて当然かもね」

美帆の、ズバッと言うところは昔から何も変わっていない。

「あ、翠も呼んでるんだね」

体のラインがぴったりと出るブラックのロングドレスを着こなす、抜群のスタイルの美女が向こうから歩いてくる。

両手の手のひらに収まってしまいそうな小さい顔は、あの頃からさらに磨きがかかっていた。

翠(みどり)は、誰も知らないマイナーなHIPHOPに詳しくて個性派。真面目で“いい子ちゃん”ばかりが集まる女子校では珍しいタイプだった。

しかし彼女は、中3の時に部活を辞めてしまった。

ダンス部は正直ミーハーな女子が多く、独特の世界観を持っていた翠にとっては居心地が悪かったのだろう。

「そういえば、千晴と翠は男を取り合って揉めてたよね〜?」

美帆がニヤッとしながら楽しそうに言う。



高2の時、私は、予備校で初めての彼氏ができた。

でも…。

予備校の帰り道に、近くの公園でブランコに腰掛けている、彼氏と翠の姿を何度も見かけていたのだ。

「翠とはただの友達だよ」

当時、彼氏にそう言われてしまうと、私は「そうなんだ」としか返せなかった。

結局彼とは気まずくなって別れてしまった。

それからは、テストの点数が悪いとあからさまに不機嫌になる母の顔が見たくなかったから、必死で勉強した。

私は、親や先生にとっての“いい子”でいたかったから。

だからこそ、堂々としている翠に憧れていたのだ。

私とは違って、きちんと自分の意志を持つ彼女に、彼氏を奪われたような気持ちになり、嫉妬もした。

髪を染めたりピアスをあけて職員室に呼び出されたりしても、何食わぬ顔で職員室から出てくる彼女の姿を覚えている。



「ねえ、翠と話してみようよ」

デザートが終わり一息ついた頃に、美帆が目を輝かせながら唐突につぶやいた。彼女は、いつも突拍子もないことを言い出す。

― 確かに、大人になった今なら仲良くなれるかもしれないけど…。

美帆は席を立つと、翠の元に駆け寄った。私も慌ててその後を追う。

「翠、久しぶり!この後2次会行く?」

翠は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。

「声かけてくれてありがとう。今日は資格の講座があっていけないんだ。もしよかったら今度ご飯でも行かない?」
「もちろん!」

思いがけない翠からの誘いに、美帆の顔がぐんと明るくなる。

後日私たちはLINEグループを作って日程調整をした。なかなか予定が合わず、クリスマスイブ当日に『スーツァンレストラン陳』で会うことになったのだ。

― ふふ。イブに楽しそうな予定ができちゃった。

正直彼氏とのデートより、気分が高まっている自分がいた。


クリスマスイブ当日


「千晴、こっちこっち!」

少しドキドキしながら背筋をピンと伸ばし、店に入ると、すでに2人は座っていた。

私たちはシャンパンで乾杯し、料理を楽しむ。正統派の中華料理からスパイスの効いたひねりのある一品まで、まるで芸術品のような料理の数々に、思わず笑顔になる。

― そうそう、これこれ。なんていいクリスマスなんだろう…。

翠は実家の税理士事務所を継ぐため、仕事の合間に資格勉強をしているようだ。

約10年ぶりの会話で、仕事に恋愛にと、話題は尽きない。

「千晴はいつも自分でデートのお店予約しちゃうんだよ〜」
「だって彼に任せると、いつも焼肉かホルモンなんだもん」
「同い年の男の子なんて、ラーメンか肉にしか興味ないんだよ。諦めな!」

私と美帆がテンポのいい会話を続けていると、翠が言う。

「でもデートのお店選びを千晴に任せてくれてるって素敵だよ。それに、今日みたいに贅沢できる日があれば、ね」
「確かに美味しいご飯は、こうやって友達と食べられればいいかも」

私は妙に納得するとフカヒレを口に運ぶ。濃厚な正油ソースがぷるぷるしたフカヒレに絡み合う。

「フカヒレ食べると生きてる!って感じがするよね〜」
「わかる〜〜〜!」

私たちは、今までの失った時間を取り戻すかのように、クリスマスイブの贅沢なひと時を楽しんだ。



いつのまにかシメの麻婆豆腐が運ばれてきた。辛さと痺れが絶妙な複雑な味わいで、ツヤツヤのお米は一粒一粒が立っている。

「そういえば、男を取り合っていた話の真相って何だったの?」

美帆から突然投げられた爆弾に、私は思わず吹き出してしまった。

翠が話し出す。

「実はあの時、私も予備校の人と付き合っていたの。でもうまくいかなくて彼に相談にのってもらっていたんだ」

私がうなずくと、翠は軽くうつむいた。

「だから、千晴の彼とは本当に何もない。それは約束する。ただ、もっと千晴に配慮するべきだったよね。ごめん」

美帆は、うんうんと相づちをうっている。

「千晴はいつも元気だし、ちゃんと周りに配慮できてみんなと仲良くできる人だったよね。だから学校にうまく馴染めない私のこと、内心バカにしてるんじゃないかって思ってた。私、ちょっと感じ悪かったよね」

意外な言葉だった。自分の世界観を持っているカッコいい彼女がそんなことを思っていたなんて。

でも、私は翠が思っているようなちゃんとした子ではない。

「私も、たまにどうしようもなく学校に行きたくない日があって、最寄り駅まで行くけど引き返したこと何回もあったよ」

私は意外そうな反応をしているふたりの顔を見て、話を続ける。

思春期真っただ中の少女だった私たちは、みんな多かれ少なかれ悩みを抱えていたのだ。

「あの頃、翠や美帆たちと、もっと話せば良かったなって思う。10代の私たちって、強がっていたのかもしれないね」
「うん…。時間が経ったからわかり合えることもあるよね」

3秒くらいだろうか。無言の空間に包まれた。

「私たちは今が仲良くなれるタイミング!ね?」

赤ワイン片手に、美帆が無邪気に切り込む。彼女の芯の強さは、いつだって頼もしい。

「こうやって再会できてよかった。誘ってくれて本当にありがとう」

翠の目は少し潤んでいた。私たちは自然と手を取り合っていた。



ホテルを出ると「さむ〜い!」と、美帆は私と翠の腕にしがみついた。

「話し足りないからバーでも行こうよ」
「もちろん!このまま12月25日を迎えちゃお〜!」

美味しいものを食べて、大好きな友人たちと過ごせるなんて、今年はなんという贅沢なクリスマスなのだろうか。

私たちの足取りは軽く、クリスマスソングが流れる街に、3人分のヒールの賑やかな音が響いていた。


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