あえて飲まない"ソバーキュリアス"が流行っている今。

でもやっぱりシャンパンが好き!

港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン!」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。

そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。

彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。

港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女。

今夜、港区のどこかでシャンパンを開栓してみたら、わかるはず!

きっと、彼女は現れる…。

◆これまでのあらすじ

“天堂美容クリニック”で働き始めた菜々子。ある日、鳩仲という男性に呼ばれ、ヒルズのスパを訪れた麗香と菜々子は、彼から「離婚したいのに、できなくて困っている友達がいる」と相談を受けたが…。

▶前回:高級ブランド品を男に買うだけ買わせて、キス止まり。貢がれる女の手腕とは



Vol.5 離婚したくない妻


「うーん、私やっぱりクリスタルが好き」

麗香は恍惚とした表情で、グラスのシャンパンを飲み干した。

菜々子は、西麻布にオープンしたばかりのフュージョンレストランで開かれているパーティーに付いてきた。

昨日、この地域の釣り好きを募って「アマダイ釣り大会」が茅ヶ崎の沖で開かれたそうで、今日はその打ち上げだ。会場には50〜60人が集まっている。

「麗香さん、釣り上げたばかりのアマダイを、最高の調理法でクリスタルと共に食すという企画なんですよ」

釣りと言っても豪華クルーザーに分乗し、話の合う仲間同士、和気藹々と優雅に釣り糸を垂らすような感じらしい。

満面の笑みの鳩仲の隣には、上品なピンク色のドレスを着たキイナがいる。

麗香はピンクのピーカーブーを携え、鳩仲はピンク色のネクタイと、皆、ドレスコードの「アマダイカラー」を身に着けている。

菜々子はというと、ネックレスとリングでピンクを取り入れた。どちらもヴァンクリのアルハンブラだ。

― これ、買っておいてよかったー。

麗香の元で働く以上、パーティーに連れ回されるのはわかっている。だから、少々勇気がいったが、元カレから婚約破棄のお詫びとしてもらった慰謝料300万を、ジュエリーと時計そしてバッグで使い切ったのだ。

「麗香さん、ちょっと紹介したい人がいるんです」

鳩仲が麗香を連れて、その場を離れる。

チャンス!とばかりに菜々子もその場を離れ会場を巡ることにした。

今日もこの時間まで麗しの燕コラーゲンゼリーだけで乗り切っているのでお腹が空いている。

甘鯛にル・レクチェと香草を合わせた美しいサラダや、魚を象ったパイ…。

ビュッフェに並ぶ料理は、実に美味しそうだ。

― うーん、どれから食べよう…。

迷っていると、突然背後から声がした。

「お取りしましょうか。お一人でしたらご一緒しませんか?」

菜々子が振り向くと、薄いピンク色のシャツにジャケットを着た男性が、ニコニコと笑いかけていた。


― ええっ?この人、私に声かけているの?

内心驚きつつも、平静を装い、微笑んでみる。そう、麗香がいつもそうしているように。

「ありがとうございます。実は一緒に来ている者がいるのですが…」

「僕も連れがあっちで釣り談義で盛り上がっていて。あ、僕は近藤といいます」

歳はおそらく鳩仲と同じ30代後半くらい。人なつっこい笑顔に、思わず「菜々子です」と答える。



― 見た目は素敵だけど、なんだか話が盛り上がらないわ…。

席に着き適当に食事をつまみながら、話を合わせていると、突如彼の友達が割って入ってきた。

「近藤、俺帰るわ。どうする?」

「あ、早坂!もう、帰るの?」

早坂は、菜々子にチラッと目線をやると、何も発することなく、そのまま出口に向かって歩き出した。

― 早坂さんって、なーんか、感じわるっ。

でも、これで切り上げるきっかけができたというのが正直なところだ。ホッと胸を撫で下ろす菜々子に、近藤が耳元で囁いた。

「よかったらLINE教えてくれない?」

こういう場面に出くわす経験が今まであまりなかっただけに、躊躇してしまう。

「え…あの、インスタでよかったら」

菜々子がInstagramの画面を見せると、近藤は手早く写真を撮った。そして、「また、近々!」と言って友人を追いかけ出て行ったのだった。



「うふふ。菜々子ってば、誘われたの?やったね!で、彼はどこの誰?」

いつの間にやら、麗香が近くにいてニヤニヤと菜々子を見ていた。

「知りませんよ。舌の根も乾かないうちに、付いて行ったりしませんから」

「ふーん」と麗香はつまらなそうな顔をし「菜々子にお願いしたいことがあるからちょっときて」と人目の少ない場所に連れ出した。

菜々子が男性から声をかけられている最中、麗香は鳩仲の友人というエステサロンの社長兼院長から相談を持ちかけられたそうだ。

「あそこにいる男性なんだけど、どうしても離婚したいのに、奥様が“うん”と言ってくれず困ってるんだって」

「要するに離婚できるよう手を貸してほしい、とかそういう相談ですか?それって弁護士案件だと思いますけど」

麗香の元には、さまざまなジャンルの相談が舞い込んでくる。

所有しているビルに空き物件が出たから借り手を見つけてほしいとか、子どもを幼稚舎に入れたいから関係者を紹介してくれとか。

できないことは「それは無理だわ」ときっぱり断ることも麗香は心得ている。

しかし……。

「できるかわかんないけど、引き受けちゃった」とぺろっと舌を出す麗香。

「弁護士には相談できないんだって。妻に弱みを握られているから圧倒的に不利になるとか」

肝心な弱みが何なのかは、この場では知らされなかったと麗香は言った。

「とりあえず、近日中にあの社長が経営しているエステ店の予約をとって、施術を受けてきて」

麗香からさっきもらったばかりという名刺を手渡された。

「離婚が成功したら、彼が経営するクリニックで “燕シリーズ”を取り扱いますっておっしゃってるのよ!」

― あぁ…引き受けた理由ってそこか…。

名刺を見ると『エステ ド マンスール』と書かれている。タクシーの車内のモニターで大々的にCMを打っているサロンだ。

「あの、ちなみにこれって…」

「もちろん経費よ!」

麗香がどや顔で言い切った。


「一番高いやつ受けてもいいわ。でも、絶対に院長を指名すること。わかった?」

菜々子は、スマホでクリニックのホームページを表示した。ショーツ1枚に胸の部分だけがタオルで隠された状態で施術ベッドに横たわる女性がいる。



クリックしてみると、宇宙一のゴッドハンドの異名をとる院長に、全身を容赦なく揉みしだかれている動画が映し出された。

太もも、お腹周り、胸、お尻…。

「私…これやるんですか?」

緊急で痩せる必要もないし、いくら綺麗になれるとはいえ、院長は男性。できれば行きたくはない。菜々子はがっくりとうなだれ、ため息をついた。



4日後の午前10時。

東京ミッドタウン近くの雑居ビルの入り口で、菜々子は大きく深呼吸をした。

「初めての施術だから、院長が入念なカウンセリングをするはず。彼のことをよく観察してくるのよ」

昨日、麗香に念押しされている。

「でも麗香さん、パーティーで院長とお話ししているじゃないですか。私が行く必要ありますか?」

「何言ってるの?私には都合のいいことしか言っていない可能性もあるでしょ!」

菜々子の足取りは重く、気持ちももちろん重いのだが、これも一応仕事。報告を持たず帰るわけにはいかない。

― はぁ…。行きますか…。

院長の顔写真が強烈なインパクトを放つ看板の横を通り抜け、ビルの中に足を踏み入れた。





「ただいま戻りましたー」

夕方近くになって、菜々子は施術を終え、天堂美容クリニックに戻った。

「菜々子、ちょっとこっちの部屋来て」

麗香がひょこっと廊下に面している部屋から顔を出し、手招きしている。

菜々子は言われるまま、一番奥の部屋に入っていく。

「あの、失礼いたします」

部屋にいたのは、おそらく40代半ばの女性。麗香と向かい合わせに座っている。

肩ぐらいの長さの髪を適当に束ねているが、それは無造作というにはあまりにも雑だった。

黒いタートルニットに首はすっぽりと埋もれ、肩の稜線がわからないほど、ふくよかに肉づいているのがニットの上からでもわかる。

そして、若かりし頃の名残をなぞるかのように、目元、鼻筋、眉、と要所を際立たせメイクだけは丁寧に施されていた。

「菜々子、この方どなたかわかるわよね?」

当然のように聞くが、いまいちピンとくる人物が思い当たらなかった。

「すみません、存じ上げません」と菜々子は正直に答えた。

「こちら、『エステ ド マンスール』の院長夫人の公佳さん」

店の名前を聞いた途端、さっきまで菜々子のリンパを揉みしだいていた院長の妻だと理解した。

「麗香さん、お知り合いだったんですか?」

菜々子が尋ねると、麗香は即答した。

「全然!今日が初めて」

「えっ?じゃあ、どうしてこちらに?」

頭の中にハテナマークが踊る。

「公佳さんは、六本木のレジデンスにお住まいで、私の友人も同じ階に住んでいるの」

おそらく麗香の親友でモデルの鷺坂なるみに頼んだのだろう。

「公佳さん、今ご主人と別居されていて、小6の息子さんと2人暮らしなんですって。だから、もう単刀直入に話すことにするわ」

― ええっ?まさか…。

驚きのあまり言葉を失ってしまう。すると、麗香がゆっくりと切り出したのだ。

「公佳さん、私、あなたのご主人から離婚を仲介してほしいと頼まれたの」


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▶1話目はこちら:港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…

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離婚を承諾しない妻と離婚したい夫。間に入ったポン女の斬新な説得法