「女の敵は女」

よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。

女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。

この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。

だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。

ここに、性格が正反対のふたり女がいる。

ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。

◆これまでのあらすじ

諒子は、大学の同級生・マリと再会し同居をしている。マリはプロ野球選手の夫と別居中だったが正式に離婚が決定。その理由は彼女に子どもができなかったからというものだった。落ち込むマリを諒子は夜通し慰めたのだった。

▶前回:「そんな自分勝手な理由で…」離婚理由に納得できない女が男を追い詰めると…



Vol.10 一難去って……


都内のあるハウススタジオ。

そこでは錠の脚本家デビュー作のドラマ撮影が行われていた。

「シーン23…アクション!」

プロデューサーである諒子のほか、錠も毎日現場に立ち会っている。

デビュー作ということもあり、現場を見つめる彼の目は真剣だ。

そしてもうひとり、その場には諒子の身内がいた。

「ねぇ、錠くん、暇そうにしているけど、何のためにいるの?諒子と一緒にいたいから?」

ドラマのエキストラで参加しているマリが諒子を呼び止め、ちゃかすように言う。

「そんなわけないじゃない。まあ、脚本家さんは現場で特にすることもないんだけどね」

離婚以来、ふさぎがちで引きこもっていたマリ。

エキストラが不足していたため、彼女を外に出すべく、諒子が誘ったのだ。

多くの人々の中の後ろ姿だけの役だが、かつて表に出る仕事もしていた彼女は久々のスタジオに興奮しきりだ。

― よかった。ちょっとは気晴らしになったみたい。

マリの笑顔を見られて、諒子もホッと胸をなでおろす。

「私は現場を離れるけど、時間空いたら、錠を捕まえて相手してあげて。彼、きっと暇だと思うから」

「オッケー」

プロデューサーの諒子は、スタジオとテレビ局を行ったり来たりするほど、仕事が山積み。その日も一旦局で打ち合わせが入っていた。

そして、3時間後。

現場に戻って来ると、真っ青な顔のマリが諒子に近づいてきた。

「ちょっと、聞いて諒子、大変よ、錠くんが…!」

続く言葉に、諒子は耳を疑った。


悪い癖


「なんでもないって。初めての撮影で彼女が緊張していたようだから、話しかけてあげただけだよ」

「うーん、デレデレしていたし、そうは見えなかったんだけど」

錠の弁解に、現場を見ていたマリは釈然としない顔を見せる。

昨年恵比寿にできたばかりの『ピーター・ルーガー・ステーキハウス』に諒子、マリ、錠の3人が集まり、絶品のTボーンステーキを囲んでいた。

その席で始まったのが、マリによる“怒りの吊るしあげ大会”である。

マリいわく、錠は撮影中、新人女優を口説いていたというのだ。



「あのさ、口説きじゃなくて、コミュニケーションだよ。言い方悪いなぁ」

「ボディータッチもしていたように見えたけど?あれセクハラだよ」

「ただの握手だよ。それもダメなの?」

悪気がない態度の錠に、マリは怒り心頭の様子だ。

「マリ、私は大丈夫よ。錠は誰に対しても優しい人だって知っているから」

「でも…」

マリを必死でなだめる諒子。その言葉は強がりではなく本心だ。昔から、ずっと彼はそうだったから。

どこか放っておけない雰囲気の錠。いつだって彼のそばには女性の影が絶えなかった。

しかし、そんな自由気ままでモテる男が、自分を恋人として選んでいる。そんな優越感が今の諒子の中にはある。

― やっとできた恋人だもの。大人の女として、心を広く持たなきゃね。

余裕ある表情を見せ微笑む諒子に、マリは不満げだ。

「錠くんのどこがいいのかわからないわ」

「だから、わからなくて結構。というか、本人を目の前にしてよく言えるね」

悪態をつくマリに、諒子は呆れる。

「言ってもいい相手だもの」

「ひどいなあ。相変わらずマリさんは自由奔放だ」

さらに続けるマリに、錠が口を挟む。

「もう、どの口が言っているの?」

その言葉が、マリと諒子で被った。

同じタイミングで同じセリフを口に出したふたり。場は和やかな笑いに包まれた。

「君たちにはかなわないよ。なんだかんだで、仲いいじゃない」

「ええ、一緒にされたくないよ」

「それはこっちのセリフ」

それをきっかけに、自然と軽い世間話や思い出話になだれ込んだ。

13年間、離れ離れだった3人。だからこそ、話は尽きない。

― 不思議だな…。こうして今でも昔と同じように笑いあえるなんて。

しかも35歳にもなって、みな独り身なのだ。自分の周りではほとんどが家庭を持っている年代だというのに…。

むしろ、こんな大人になりきれないダメな3人だから、まだ学生気分で気兼ねなく食事ができるのかもしれない。

― 学生時代の仲間の前だから、心も言動もあの頃に戻っちゃうのよね。

諒子は心の中でしみじみ思う。

その楽しさで、錠の撮影での挙動のことなどすっかり頭の中から消えていた。



「ああ、飲みすぎちゃったな」

マリは諒子たちに気を使ったのか、「寄り道をしていく」といい、店を出た途端、どこかに消えてしまった。

諒子は錠と腕を組んで、煌めく冬のガーデンプレイスを歩く。



「諒子、諒子♡」

「もう、錠ったら、くっつきすぎ」

錠は酔ったときはかなり陽気になる。その彼は無邪気で可愛らしく、甘える姿は諒子の母性本能をさらに刺激する。

「あのさー…」

「ん?」

すると、錠は諒子の肩を抱いて、体を寄せてきた。

何か話があるような雰囲気を察する。

諒子も同じように体を寄せ、次の言葉を待った。

「実はね…本気で好きになりそうなんだよ」

「え?私のこと、今までは本気じゃなかったの?」

いたずらっぽく、諒子は錠を小突く。

しかし、錠は笑みを浮かべるばかりで何も答えない。

「…錠?」

「ごめんね、あのコのこと、大好きになっちゃった」


― あのコ、とは?

尋ねると、撮影で口説いていた新人女優のことだという。

「今日はホント酔っ払っているね。タクシーで早く帰りな、ね?」

諒子はタクシーを止め、無理やり錠を押し込んだ。本当はもう少し一緒にいたかったけど、嫌な予感がしたのだ。

それは、この先を聞いてはいけない、という危機感。

「でも、今日はもう持ち合わせがなくて」

「私がアプリで払っておく!」

諒子はタクシーアプリでサッと手続きを済ませ、錠を見送った。



「あれ、帰って来たんだ」

家に帰ると風呂上がりのバスローブ姿のマリが出迎えてくれた。

「マリー…」

そんな彼女にすがりつくように、諒子は錠との会話を報告する。

「やっぱり。ダメ男なのは変わらなかったね」

ひと通り聞いて、マリはため息をついた。そしてさらに言葉を続ける。

「恋人とイイ雰囲気のときに、他の女の話をすることだけでもありえない」

マリは、諒子の恋愛に対して思うところはあるそぶりは見せながらも、今までは温かく見守ってくれていた。

しかし、いざとなると本気で怒るものなのだと、諒子はその言葉を聞いてびっくりした。

今回もなんだかんだで黙って話を聞いてくれると思っていたのだが…。

「ああ、今まで諒子に幸せになってほしくて、ふたりを応援していたのにな!やっぱりダメ、アイツは!」

それだけ本気で心配してくれていることを嬉しく感じながらも、実のところ、今の諒子にとってはその言葉は不本意だった。

錠を否定されると、彼を好きな自分までも否定された気持ちになるから。どん底の時にさらに責められるのは辛いものだ。

― 話さなきゃよかったかも…。

何も言葉が出ない諒子に、マリはしっかりと目を見て告げた。

「正直、錠はまた繰り返すよ。これから諒子はどうするの?」

「私は……錠と、ゆくゆくは結婚したいの」

「それって、ただ結婚したいからでしょ。相手が錠じゃなくてもいいと思う」

正論だ。

しかし、実際、学生時代に錠と別れた後、諒子にはずっと恋人がいなかった現実がある。

― だって、初めて愛した人だもの。男性に不自由しないマリにはわからないよ。

「私は錠と結婚することでしか、幸せになれないと思う。幸せにならないかもしれないけど」

どんなに反対されようが、それが諒子の正直な気持ちだった。



「そうか…なら、仕方ないね」

「マリ…」

「諒子が揺るぎないならその意思を尊重するよ。だけど、この浮気問題は我慢せずに決着つけなきゃ。ずっとモヤモヤしたままだよ」

納得がいかない様子で、マリは自分の部屋へそっと去っていく。

その態度に拍子抜けしていると、スマホにタクシーアプリの通知が来ていた。

錠は家のある祐天寺ではなく、高円寺で降りている。

― なんで…。

余裕を持とうと思うものの、不安でその夜は眠れない。

諒子はマリの言葉を反芻し、重い腰を上げることにした。


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諒子は錠を呼び出し、ある決意を告げるが…