透き通る海と、どこまでも続く青い空。

ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。

2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。

東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。

そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。

彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…？

◆これまでのあらすじ

由依（35）と夫の圭介（38）は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住することに。夢の生活にワクワクしていたが、人間関係の複雑さに驚く由依。さらに夫は何かを隠しているようで…。

▶前回：港区のタワマンで、突然ママ友から無視されるようになって…。高層マンションにありがちな事情とは



Vol.3 ハワイ婚活


金曜日の9時。

子どもたちをサマーキャンプへ送り出した由依。

リビングのテーブルに座り、目の前に広がるアラモアナの海を見ながら、仕事を始めようとした時だった。

突然LINEの着信が鳴り、友人の名前が映し出された。

「もしもし、マコ？久しぶりだね、どうしたの？」

マコは由依が元いた電機メーカーの同期だ。彼女は、今もその会社で着々とキャリアを積み、数年前に課長になった。

「由依？ねえ、今ホノルルにいるんだよね？今日会えない？聞いてほしいことがあって…」

マコの会社は最近、夏休みを好きな時期に取れるようになったらしく、お盆の前に休みを取り、ハワイに遊びに来たという。

「じゃあランチしよう。先輩の明美さんも近くに住んでるから誘おうか？」

「明美さん？うわー懐かしい。うん、誘ってみて！」

そうして、由依は、マコと明美と3人でMacy’sの中にある『Liliha Bakery』で会うことにした。

◆

「美味しーい！」

由依はオックステールスープ、明美は特大のガーリックシュリンプを頼んだ。

それぞれハワイ名物の料理を味わっていると、横でマコが大きな口を開けて、10センチは高さのある、特大ハンバーガーに無心でかぶりついている。

「すごい勢いだけど、マコ、お腹減っていたの？」

由依が茶々を入れるのも聞かずに、黙々と食べるマコ。

綺麗に平らげた後、大きなグラスに入れられたアイスティーを半分ほど一気に流し込むと、ドンっと机にグラスを置いて、ふうーとため息をついた。

「…何かあった？」

由依が心配そうに尋ねると、マコは顔をくしゃっと歪ませて言った。

「ちょっと聞いてよ！私、ハワイ婚活してたんだけど、騙されてたの…！」
「ハワイ婚活…？」

マコはここ1年ほど、ハワイ在住者と日本人女性をつなげる結婚相談所に登録し、婚活を行っていたらしい。


「どうしてハワイで…？」

「日本で婚活してても、なかなかいい人に出会えなくて。

周りは、みんな結婚していて、食事会は皆無。結婚相談所に登録しても、紹介されるのは、バツ2とか親の介護要員を探してるのかなっていうくらい年上の人とか…。

たまにいい人もいるけど、なかなかうまくいかなくてね。やっぱり35歳ともなるといい人は、若い女子に持っていかれちゃうのよ。

そんなとき、ハワイだったら年齢は関係ないって言われたの。それに最近、1人で頑張るのが嫌になっちゃって…。いずれハワイに住んで、のんびり暮らしたくなったのよ」

つまり、婚活も仕事も何もかもがうまくいかなかった時に見つけたのが“ハワイの結婚相談所”だったのだ。

コーディネーターからは、マリンスポーツで鍛えられた筋肉美を持つ、年収が高く、女性の年齢に寛容な男性たちがたくさんいると聞かされた。



「でも、結局いい人は私とはマッチしてくれなくて。適齢期でワイキキに住めるくらいの年収がある素敵な人は、競争率が高くて、私にまで回ってこなかったの」

マコはそう言うと、残っていたアイスティーを勢いよく飲み干した。

「紹介してもらえないなら自分で探すしかないって、外国人と知り合えるっていうマッチングアプリに登録したの。そしたら、条件にピッタリな人がいて！」

そう言って、マコは2人にある写真を見せた。

そこに写っていたのは、日焼けした笑顔の素敵な30代前半の白人男性だった。

「かっこいいね」

由依が褒めると、その言葉を待っていたというようにマコが目を見開いた。

「でしょう？彼、サーフボードショップと飲食店を経営していて、年収は3,000万円。写真には彼の経営している飲食店の写真や素敵な家に住む様子とかも載っているの」

彼女が画面をスワイプしていくと、次々に彼の豪華な暮らしぶりを表す写真が出てきた。



「なんか…完璧すぎて怖くない？なんでそんな人が独身なの？」

「私もそう思ったんだけど、彼バツイチで、1回目の結婚で酷い目にあったらしくて。奥さんが散財した上に男作って出て行ったとか。

それで恋愛には消極的でずっと仕事ばかりしていたけれど、最近コロナで寂しくなったみたい。真面目な日本人女性とならって婚活を始めた時に出会ったの」

彼がアプリに登録した直後に出会ったのが、マコだった。

「彼、本当に誠実で優しかった。毎日無料通話アプリで話したり、メッセージのやり取りしたり。でもコロナだからなかなか会えなくて…。だからやっと会えると思ってハワイまで来たのに…」

由依と明美は嫌な予感がしながらも、最後まで真剣に話を聞く。

「会って数日は甘い時間を過ごしたわ。だけど3日目に突然プロポーズをされた時、早すぎる展開に不信感が生まれて…。

内緒で彼のやってるお店に行ってみたら、全然違う人が出てきたの！」

店のオーナーの名前と彼の名前は一緒だったが、全くの別人だったと、マコは怒りながら捲し立てる。

「調べてみたら、サーフショップも別の人だったのよ。彼に問いただしたら、早口の英語で言い訳して、急に連絡もつかなくなって、それっきり」

一連の話を聞き終わった明美は、スマホを取り出し、何やら検索し始めた。

しばらくして「ねぇ、これって彼？」と画面を見せる。


「そう、彼です！でもなんで…？」

「彼、“結婚詐欺師”で有名みたい。英語の掲示板で彼のこと調べたら、出てきたわ。名前も年齢も職業も、すべて嘘みたい。

現地人相手ではもう顔バレしてるから、日本人に狙いを移したみたいね」

マコの表情は悔しさでいっぱいになった。

「最悪…。そんな奴に引っかかったなんて…。結婚詐欺師なんて、当事者になると案外気がつかないものですね。

“君みたいに働いている芯のある女性が理想だ”って言葉で、ちょっとした違和感も、文化の違いかなって信じちゃって。馬鹿みたい…」

自嘲しながらマコは目に涙を溜める。



すると、明美が優しい口調で言った。

「マコちゃん、ハワイは素敵なところだけど、逃げるために来るところじゃないわ。

日本人女性とハワイの白人男性との離婚率って知ってる？約9割って言われているのよ？」

「え、9割も！？」

マコも由依も、目を丸くした。

「そう。ハワイの法律で“No-fault Divorce”っていうのがあって、誰が有責かを問わないから、慰謝料も取られない。だから気軽に結婚も離婚もする風潮があるのよ。私も前の夫の時は気軽に結婚して、すぐに別れちゃったの」

明美はアイスコーヒーの氷をかき混ぜながら、何かを思い出すように眉間に皺を寄せた。

「結婚した時はみんな“自分は大丈夫”って思うけど、それで辛い思いをしてる人を何人も見たわ。子どもがいるからって帰国すらできなかったり…。

マコちゃんみたいに魅力的な女性なら、自然といい出会いがあるわよ」

励ます明美に、マコが聞いた。

「明美さんは、旦那さんとはどうやって知り合ったんですか？」

「友人のホームパーティー。私も彼もバツイチで、お互い相手に浮気されたのが原因で別れたの。それで意気投合したというか」

明美の答えに、マコがため息をつく。

「なんでみんな結婚できたのに、浮気するんだろう…」

マコの言葉に、由依が「浮気か…」と呟いた。



由依はここ半年ほどのことを思い返す。

圭介はこれまでずっと忙しくしていた。

段々オフィスに泊まり込む日も増え、気がつくと常にスマホを持ち歩くようになった。

“浮気”の2文字が由依の頭に浮かぶ。

そんな時、圭介から“ハワイに住もう”と言われ、「勘違いだったのかな」と半ば無理やり、由依は自分を納得させていた。

だが、最近の彼の様子を見ていると、いまだに着信履歴を消したり、謎の人と電話で揉めていたり、何か秘密を抱えているように見える。

何度もカマをかけてみようか、直接聞いてみようか、と由依は思った。

けれども、お父さんを大好きな子どもたちのこともあり、見ないふりをしているのが、家族にとって一番いいと結論づけたのだ。

ぼーっとする由依に、マコが言った。

「何？由依も何かあるの？…由依のところは大丈夫か、家族でハワイに来ちゃうくらい仲良しだし」

由依はどう答えていいのかわからず、ただ微笑むことしかできなかった。


▶前回：港区のタワマンで、突然ママ友から無視されるようになって…。高層マンションにありがちな事情とは

▶1話目はこちら：親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは

▶︎NEXT：4月9日 日曜更新予定
由依がハワイの公園で子どもたちをプレイデートさせていると…