高いステータスを持つ者の代名詞の1つともいえる、都内の高級タワーマンション。

港区エリアを中心とした都心には、今もなお数々の“超高級タワマン”が建設され続けているが…。

では果たして、どんな人たちがその部屋に住んでいるのだろうか?

婚活中のOL・美月(28)と、バリキャリライフを楽しむアリス(28)。2人が見た“東京タワマン族”のリアルとは…?

▶前回:医療系ベンチャーを立ち上げた28歳の経営者。婚約中の彼女と、何年経っても結婚しないワケは…?



美月「誰のために幸せになるのか?」


「うわっ、すごい混んでる…」

週末の中目黒駅周辺は、花見客で溢れかえっている。そんな人混みをかき分けつつ、私は目黒川へ向かう群衆とは逆方向に歩いていた。

今日の目的地は、中目黒駅すぐの場所にそびえ立つシンボリックな45階建てのタワマン。名前はよく聞くけれど、意外にも中に入るのは初めてだった。

「美月〜。人ヤバくない?桜効果、すごいね」

1階のエントランス前で待っていると、アリスがやってきた。みんな同じことを考えているらしい。

「ね、ここまで来るの大変だったよ〜。でも今日私たちが参加するのも“お花見の会”だし…。人のこと言えないよね(笑)」

実は今日参加するのは、このタワマンに住む男性が主催してくれたお花見ホムパなのだ。


Case10:中目黒の有名タワマンに住む、経営者男


アリスと一緒にマンションのエントランスへ入ると、そこにも桜が飾られていて心がパッと明るくなる。

「私、毎年この季節になると思うんだけど。中目黒に住んでる人の半数が、桜目当てだよね」
「それ偏見だよ(笑)」

アリスの発言にツッコミながらも、たしかに中目黒住民は桜のシーズンになると鼻高々だろうし、この人混みを自宅から悠々自適に見下ろせるのは住民の特権だなとは思う。



「しかも意外とここ、賃料高くないんだよね。もっと高くてもいいはずなのに。上層階は100万超えだけど、40平米とかだと他のタワマンより安いかも。

ちなみに、昔は芸能人もいっぱい住んでるって噂だったけど…」

エレベーターに乗っても話し続けるアリスの説明を聞いているうちに、部屋の前まで辿り着いた。今までのタワマンと比較すると、少しカジュアルな印象を受ける内廊下。

「え!じゃあ、今日も誰かいるのかな」
「さすがに芸能人はいないんじゃない?」

ミーハーな会話をしながら扉を開けると、角ばった作りの部屋の真ん中にあるダイニングテーブルに、男性が4名、女性が2名ほど座っていた。

「こちら、美月ちゃんとアリスちゃんです」

家主の大我さんに紹介され、私たちは頭を下げる。今年で36歳になる彼は元々IT関連の企業に勤めていたけれど、今は独立してwebの広告会社をしているらしい。

部屋全体を見渡してみるけれど、もちろん有名人はいない。

その代わりにどこか雰囲気が似ている男性陣と、可愛らしい女性陣が笑顔で迎え入れてくれた。

「ごめんね〜。本当はパーティールームを借りようと思っていたんだけど、さすがにこの季節はいっぱいで。予約取れなくてさ」
「いえいえ。むしろご自宅にお邪魔しちゃって、申し訳ないです…!」

39階にあるパーティールームは、SNSでも見たことがある。

若手経営者たちがこぞってパーティーをしていた記憶があるけど、桜のシーズンはもちろん争奪戦だろうなと思った。



2LDKのリビングは、6名が入ると若干窮屈な感じはした。でもみんないい人たちだったので、和やかな雰囲気でホムパは進んでいく。

「大我さんって、いつからここに住んでるんですか?」
「もう5年くらいになるかな。立地もいいし、ゲストルームにあるジャグジーとか喜ばれるんだよね」
「え〜!いいですね」

少しぬるくなったシャンパンを飲みながら、グルッとあたりを見回してみる。参加者はみんな人が良さそうだし、男性陣のギラつき感も全然ない。

「美月ちゃんは、ゴルフしないの?」
「私はしないんです…。でもアリスがするかも」
「今度みんなで行こうよ!」

会話もスマートで、悪い点は何もない。でも逆にサラサラと会話が流れていき、いい意味でも悪い意味でも特徴がなかった。

「ちょっと外の景色、見てきますね」

そう言って窓に近づくと、眼下には桜の絨毯が綺麗に広がっていた。

「はぁ…。綺麗だな」

そんな桜の美しさに見惚れていると、女性の甘ったるい声が背後から聞こえてきた。

「え〜、弁護士さんなんですか?すごい♡カッコいいですね」

ふんわりとしたワンピースを着ている女の子は、さっきから大我さんのお友達だという弁護士の彼に夢中だ。軽いボディタッチとともに笑顔で対応している彼女を見て、不意に私は胸がザワついてきた。

― 私も、彼女と同じなのかな…。

どこにでもいる、婚活女子。

そう自分を冷静にラベリングしてみると、なんだか虚しくなってくる。

さっきまでため息が出るほど美しいと思った美しい桜のピンク色が、急に色褪せて見えた。


桜並木を上から見下ろすか、下から見上げるか…?


30歳までに結婚したいと思っていた。タワマンに住めるような経済力のある男性と結婚して、素敵な暮らしを手に入れるのが目標だった。

でも今日のような会に、あと何回参加すればそんな運命の相手に出会えるのだろうか。

みんな素敵だし、悪くない。でも心がビビッと動かない。

芸能人と運命的に出会って恋に落ちるなんていう夢物語は、私の人生には存在しないという現実もちゃんと見えてきた。

そもそも“夢見る夢子ちゃん”でいるうちに、若くて可愛い婚活女子が貴重な独身男性をかっさらっていく。

そんなこと、もうわかっているのに…。ここ最近いろいろな人に出会えば出会うほど、どこか冷静に見てしまい心も体も動かなくなっていた。

「美月、大丈夫?楽しんでる?」

窓際でぼうっとしていると、アリスが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「ごめん、違うこと考えてた。アリスは?楽しんでる?」
「うん、それなりに。共用施設のこととか聞いてた(笑)」
「さすが、抜かりないね」
「せっかく来たからには、何か収穫して帰らないと」

お互い思っていることは一緒だったらしい。黙って2人で、持っていたグラスを傾けて乾杯した。



15時くらいから始まった会だったけれど、気がつけば18時近くになっていた。

「じゃあ、私たちはそろそろ…」
「もう帰る?今日は来てくれてありがとうね。後でみんなのLINEグループ作るね」
「はい!ありがとうございます」

大我さんにお礼を言い、私たちは家を後にする。

この先の流れもなんとなく見えている。翌日、LINEグループでは皆でお礼を言い合い、誰か私のことを気に入ってくれれば個別でLINEが来る。

もう何度、この流れを繰り返しているのだろうか。そしてそこから交際に発展し、結婚にまで進む確率は何%なのだろう。

エントランスを出ると、少し冷たい春の風が私たちを包み込んだ。

「アリス…。ちょっとお花見して行かない?」
「え?さっき上から見たばかりじゃない?」
「違うよ。もう少し近くで見ようよ」

半ば強引にアリスの腕を引っ張り、私たちは人でごった返す目黒川沿いを歩くことにした。人は多いけれど、屋台が出ていて活気のある通りは歩いているだけでも楽しい。

「なんでみんな、ここまで桜に熱狂するんだろう。梅に対しては、こんなにお祭り騒ぎにはならないのに」
「満開の時期が短いからでしょ。人は儚いものが好きだから」

アリスの言葉には説得力があって、私も立ち止まりしっかりと桜を見上げてみる。

ライトに照らされた夜桜は、ただただ美しかった。



そして不意に、ある思いが湧き出てきた。

「ねえ、アリス。私さ、自分でタワマン買えるように頑張りたいな。誰かの力を借りるんじゃなくて」

自分でも驚いた。以前の私だったら、こんなこと思いもしなかっただろうから。

「えっ、本当に!?いいじゃん」
「アリスほどの稼ぎもないし、夢のまた夢かもしれないけどね」

自分の人生の舵は、自分で取りたい。

人に依存して得られる不確実な幸せより、自らが取捨選択した先にある幸せを見てみたい。

不意にそう思った。

「美月なら大丈夫だよ、応援する。よし!今日はまだまだ飲むぞ〜」
「まだ飲むの?」

ケラケラと、私たちの笑い声が響き渡る。

上から見下ろす桜も美しいけれど、近くで見上げた桜はより一層綺麗に見えた。


▶前回:医療系ベンチャーを立ち上げた28歳の経営者。婚約中の彼女と、何年経っても結婚しないワケは…?

▶1話目はこちら:気になる彼の家で、キッチンを使おうとして…。お呼ばれした女がとった、NG行動とは

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タワマンから見える、それぞれの景色