恋に仕事に、友人との付き合い。

キラキラした生活を追い求めて東京で奮闘する女は、ときに疲れ切ってしまうこともある。

すべてから離れてリセットしたいとき。そんな1人の空白時間を、あなたはどう過ごす?

▶前回:初デートで2軒目に誘われたら、どうする?GW中のデートで25歳女が、1軒目で帰った理由



Vol.19 見失っていた、自分


22時の東京の空はさっきまで降っていた雨のせいか、星も見えないしどんよりと曇っている。

まだ湿っている地面。お気に入りのセルジオ ロッシの靴が濡れないよう、水たまりを避けながらタクシーを拾うために大通りへと向かう。

「今日も楽しかったね〜佳奈子、またね」
「本当に楽しかった!また来月集まろうね!」
「みんな大好き♡またすぐにね」

友人の沙夜と華に別れを告げ、私たちはそれぞれのタクシーに乗り込んだ。しかしその瞬間に、ドッと疲れが押し寄せてきた。

「佳奈子、結婚はいつするの?」
「子どもは?欲しくないの?どうするの?」

恵比寿に昨年できたばかりの、お洒落なイタリアンでの会話が蘇る。

友人たちに悪意がないことはわかっていた。私のことを気にしてくれているからこそ、聞いてくることも。

でも今年で37歳になる私に対して、周囲は好奇の目を向けてくる。

“可哀想なアラフォー独身女”。そう見られたくなくて、私はいつも乾いた笑顔を作っているのだ。


その翌週。私は後輩の詩音ちゃんから呼ばれた食事会で、完全に浮いていた。

「詩音ちゃんって、そんなに結婚がしたいの?」

目の前に座る優太くんが、嬉しそうに詩音ちゃんに話しかけている。詩音ちゃんは今年で29歳。優太くんもきっと同い年くらいだろう。

「そうなんです。早く結婚して子どもが欲しくて!」

いつからか食事会に参加しても、来る人は私より年下ばかりで、“しっくり”こなくなった。

周りはみんな結婚している。必然的にこういう食事会に呼んでくれるのは年下の女友達。でも彼女たちと同じ土俵に乗っても、自分が惨めになるだけだった。

「佳奈子さんは?」
「え?私もですよ〜」
「そうなんですか?意外ですね」

「意外」とはどういう意味だろう。ただ優太くんのターゲットは明らかに詩音ちゃんで、私にはさほど興味がない。態度ですぐわかってしまったので、私はまた適当な愛想笑いを浮かべてみんなのことを一歩引いて見ていた。

― 37歳の独身女って、そりゃ重いよね…。



どうしてもっと早く結婚しなかったのか。結婚できそうな彼氏もいたのに、なぜあの時決めなかったのか…。

最近、過去の自分を責めてばかりいる。焦りも募る一方だ。

SNSを開けば、みんな幸せ自慢のオンパレードに見えてしまう。結婚や出産、子どもの投稿ばかり…。しかしその中で、不意に一つの投稿に手が止まった。

「旅行か…有休、溜まってたよね?」

そう自分に確認し、私はそのままスマホで航空券を買った。

私の心が引き寄せられたのは、ハワイの海にかかる綺麗な虹の写真だった。



「ハワイ到着!!」

久しぶりに国際線へ乗り、辿り着いたハワイのオアフ島。ダニエル・K・イノウエ国際空港を出た瞬間にカラッと明るい空気に迎え入れられ、大きく伸びをする。

燦々と降り注いでくる太陽の光で、体中の細胞たちが光合成をしているような気分だった。

旅行は好きだけれど、実は今回、初めての一人旅。

「来ちゃったよ…。本当に一人で来ちゃった」

自分でも、なかなか大胆な行動だとは思う。でもハワイだと多少英語が不安でも何とかなると思ったし、何度か来たことがあるので土地勘もある。

それにとにかく、私は心身ともにゆっくりと休める場所に身を置きたかった。

空港からタクシーに乗り、滞在先のホテルを目指す。今回私が選んだのはワイキキの中心部にある『ハイアット リージェンシー ワイキキビーチ リゾート&スパ』。



しかもちょっと奮発して、ダイヤモンドヘッドとワイキキビーチが一望できるオーシャンビューの部屋にした。

毎日、仕事を頑張ってきた。

若い時には買えなかった物も自分で買えるようになったし、旅行だってワンランク上のところへ泊まれるようになっている。

周囲が結婚したり妊娠したりしている間、ひとりでも生きていける力が身についていた。

「これは、自分自身へのご褒美だから」

この円安の時代に、海外へ行くのは強い気持ちを持つしかない。でもこのたった3泊4日の旅が、私にとっては最高のリトリートとなる…。


本当に私、結婚したいの?


初日の夕方。まだまだ明るいうちから近くで買ってきたワインを開け、静かに波の音を聞いてみる。すると不思議なくらい、気持ちが落ち着いてきた。

静寂の中に感じる、波の音。ビーチのほうからはハワイアンミュージックが聞こえてくる。

読みたくても手付かずだった本も持ってきた。初日の夜はワインを片手に本を読むことに没頭しているうちに、時差もあっていつの間にか眠っていた。

そして2日目からはダイヤモンドヘッドへハイキングへ行ったり、目の前にあるワイキキビーチやホテルのプールサイドで仕事をしたり、ちょっと贅沢をして『Na Ho'ola SPA(ナホオラスパ)』で施術を受けて、心身ともにリラックスしたり…。



ひとりで来てもかなり楽しく、意外にやることも多い。

でも東京のような忙殺される感じではなく心地よい忙しさで、時間の流れを大切に感じられる。

そして東京にいる時は呼吸が浅かったのに、深く深呼吸できるようになっていた。

それと同時に、今回一度も“寂しい”と感じていないことに気がついた。

「あれ?私、意外にひとりでも平気かも…」

眩しく輝く大きな太陽のせいだろうか。それともハワイ独特の、温かくて優しい雰囲気のせいだろうか…。

いつもひとり暮らしの家に帰るとすぐにテレビをつけて音を出していたけれど、今回のハワイでは一回もテレビをつけていない。

「こんなにも自分に向き合ったことって、最近あったかな…」

周りの雑音や声に惑わされて、つい自分自身を見失っていたことに、今回とことんひとりになってみてから、ようやく気がついた。

「結婚したい」と思っていたけれど、本当は「結婚していないと可哀想だと思われるのが嫌」なだけ。

一人旅は誰に合わせる必要もなく、自分の気持ちの赴くままに行動できる。何時に起きてもいいし、何を食べてもいい。

私は、誰かと一緒にいるほうが孤独を感じることもある。

世の中には結婚に向いている人といない人がいると思うけど、もしかすると私は結婚しなくてもいい人間なのかもしれない。

そう思うと、ふと肩の荷が下りた。

「そもそも、私子どもが別にすごく好きなわけでもないしな…」

子どもはいてもいいし、いなくてもいい。

人生の舵は、自分で切る。

世間体を気にせず、自分の心の声に素直に向き合える場所は、日本から6,600km離れたハワイにあった。





そんな3日目の朝。起きてスマホを見ると、一通のLINEが入っていた。

― 優太です!この前はお疲れさまでした。よければ来週あたりで、ご飯へ行きませんか?

思わず、スマホを二度見する。「アラフォーの独身なんて可哀想」「年齢が…」そう思っていたのは、誰よりも私だ。

しかも卑屈になっていたせいで、目の前にあるチャンスも見失っていたし、いつも誰かと比較して勝手に落ち込んでいたのも否めない。

年齢なんて関係ない。

結婚してもしなくても、どんな選択をしてもいい時代。「今の私は、十分幸せだ」と、ハワイの3泊4日で心から思えるようになっていた。

まったく違う環境にひとりで来たからこそ気がついた、自分自身の本音。そのことに驚きながらも、私は笑顔で返信を打つ。

― もちろんです!来週の土曜なんてどうでしょうか?

顔を上げると、眩しいくらいに輝きを放つ海とダイヤモンドヘッドが綺麗に見えた。


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▶1話目はこちら:見栄を張ることに疲れた30歳OL。周囲にひた隠しにしていた“至福のご褒美”とは