2022年4月からパワハラ防止措置の義務化が大企業だけでなく、中小企業にも適用され1年が経った。

普段、職場上司の指示・指導方法に抱く不満。

それが果たしてハラスメントに当たるのかどうかの判断は難しい。

今回紹介するのは、ある会社の法務部に設けられた相談窓口に実際に寄せられた内部通報。

こんなケースの場合、あなたならどうする?


取材・文/風間文子



ケース1:広告代理店勤務の森口可奈子(仮名・27歳)の場合


「可奈子、どうしたの?」

夜が更けた麻布十番のBarのカウンター席で、思い詰めた表情の可奈子が友人の隣で堪えきれず、大粒の涙をこぼした。

「月曜日の夜に急に呼び出しておいて何も言わないなんて、変だと思ったのよ。可奈子、やっぱり何かあったんでしょう?」

店内は閑散としており、カウンター越しのマスターは素知らぬ顔でグラスを拭いている。奥のテーブル席にはカップルが数組いた。

友人は好奇の視線が集まることを気にして、慌てて可奈子をなだめた。しばらくして可奈子は泣き止み、うつむき加減で少しずつ口を開いた。

「今日、いつものように出勤したの。そしたら上司に呼び出されて…昨日送ったLINEに何で反応しないんだって怒鳴られてさ」

森口可奈子は都内の広告代理店に勤務する27歳だ。学生の頃から、人の記憶に残るような広告を作りたいという夢を叶えるために、新卒で入社した。

そして、半年前に大口案件を新規開発するためのプロジェクトチームに配属。やっと自分のプランで某大手企業を掴んだと友人に報告したのは、つい1ヶ月前のことだった。

それなのに…。

「え、まさか休み中のLINEに対応しなかったことだけで怒鳴られたの?」

それだけだったなら、まだ我慢できただろう。

可奈子は自分の力で勝ち取ったクライアントの担当を、休み中のLINEに対応しなかったことを理由に外されたという。


理不尽な処分を下した上司の評判は以前から最悪


「なにそれ」と、友人は信じられないといった表情を浮かべている。

「可奈子の会社って、基本、土日は休みだよね。それなら休日に対応する義務ないじゃん」

その通りだ。可奈子の勤める会社は、2年ほど前から会社として必要のない残業を認めない方針を打ち出している。

「ねえ、ほかに業務でミスしたとか、クライアントと揉めたというのも、ないわけ?」
「うん…。今回の案件はチャンスだと思っていたから、普段の業務も真剣に取り組んでたし、自分で言うのもなんだけどクライアントからの評判は良かったはず」

なおさら、納得できない様子の友人は急に何かを思い出したように、可奈子の方を見た。

「もしかして、その上司って可奈子が前に愚痴ってた、あの上司のこと?」

その人物とは、プロジェクトチームのPM(プロジェクトマネージャー)としてチームを仕切る佐竹雅紀(仮名・40歳)だ。もともと企画と畑違いの営業課長だったが、前任が転職したために半年前に繰り上げ昇任という形で現在のポジションに就いた。

しかし、驚くほどクリエイティブなセンスはなく、広告制作の知識も乏しいのに、やたらと企画に口を挟んでくるのだった。おまけに自分の指示通り部下が動かないと機嫌を悪くするタイプで、チーム内の評判は悪く、この友人にも話したことがあったのだ。



今、佐竹の顔を思い出すだけで、可奈子の視界は再び悔しさでにじんだ。

友人も、イライラを抑えられない様子でレッドアイの入ったグラスを飲み干した。

「ほんと許せない。上司だからって、何でも自分の思い通りになると思ってるんだわ。可奈子、それってパワハラだよ!」



友人と会ったのは正解だった。お酒を飲み、上司の愚痴を言えたことで幾分かは気持ちが落ち着いた。

しかし、帰宅して部屋で1人になると、私の怒りが沸々とわいてくるのだった。

「パワハラか…」

1週間後、可奈子は佐竹の件を社内のハラスメント相談窓口に内部通報した――。

このケースがパワハラ認定されるか否か、解決編へ続く。


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監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久

全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。