TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30〜)。この番組では、多摩美術大学卒業で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。6月12日(土)の放送では「渋谷区立松濤美術館」に伺いました。

◆日本の印象派の代表格、南薫造とは?

今回の舞台は、東京・渋谷にある渋谷区立松濤美術館。ここは1981(昭和56)年開館。哲学的な建築家と言われる白井晟一氏による設計で、外周の窓を最小限に抑え、吹き抜けから採光する形状となっています。

片桐は「松濤といえば高級住宅街。大豪邸の中、決して大きくはないけど立派な美術館として昔からある。静かな佇まいがあり、高級感がある」とその印象を語ります。

そんな松濤美術館では季節ごとにさまざまな企画展が開催。片桐が訪れた際に行われていたのは、日本の印象派と称された画家・南薫造の企画展です。南は1883(明治16)年に広島で生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)で西洋画を学んだ後ヨーロッパへ留学。さらには世界を周り、各国の風景や人物など日常を描きました。

学芸員の大平奈緒子さんの案内で館内を巡ります。片桐がまず目に留めたのは、南が留学中に描いた「西洋女性」(油彩・1909年)。「日本人の描いた油絵っぽくないですね……。アカデミックなかっちりした絵ではなく、このはっきり描かない感じとかいいですよね」と言います。

南は当時、すでに市民権を得ていた印象派の中心地フランス・パリではなく、興味を持っていた水彩画が盛んなイギリス・ロンドンに留学し、水彩画家のウィリアム・ターナーに師事。彼の繊細な色彩や余白の活かし方に大きな影響を受けました。

その一方で、ヨーロッパの農村の風景をかなり淡い色で捉えた「農夫と積藁」(水彩・1907〜1910年)。“積藁”といえば、印象派の巨匠クロード・モネの名作「積みわら 夏の終わり」(油彩・1890〜1891年)を想起しますが、まさに南の「農夫と積藁」も印象派の影響を色濃く受けた作品と言われています。

片桐が目を凝らして作品を見ていると、「(絵のなかに)人がいますよ!」と驚きの声。南の作品には気をつけて見ないとわからないようなものが多々あり、それは卓越したデッサン力の為せる技。「(カミーユ)コローやミレーと言われると、そんな感じもしてきますね。本当に上手い」と片桐は感心しきり。

◆“子どもの目”を持ち続け、見たものをシンプルに描く

イギリス留学後も世界を巡り、絵を描き続けた南。1916(大正5)年にはインドへ。彼は留学中にインド美術に触れ、東洋古美術にも興味を持ったとか。そして、日中戦争時の1939(昭和14)年には従軍画家として緊張状態が続く上海へ。そこでは軍の仕事の合間に、上海の一般市民の日常を描きました。

そのなかの1枚、「中国の街並み」(水彩・1939年頃)は、ほのぼのとした街並みに見えますが、実際は燦々たる光景であまり安全ではなかったと言います。

また、南は中国各地を巡るなかで多くの作品を残していますが、「中国風景」(水彩・1939年頃)を見た片桐は、「この鉛筆の線の跡とかいですよね。描きたいと思ったんでしょうね。中国だから、インドだから、イギリスだからといったことは関係なく、その瞬間に見たものをシンプルに描く」と当時の南に思いを馳せます。

南は絶えず「子どもの目」を持ち続けたいという思いを抱いていたと言います。というのも、子どもの頃は何事も新鮮に捉えていたのに対し、歳を取ると新鮮に感じられなくなってしまうから。それを聞いた片桐は、「子どものときに新鮮に見えていたものをもう一度新鮮に見えるかどうかは気持ちの問題。『子どもの目』というのは、絵を描く衝動の原点みたいな、そういうのを忘れないってことかもしれないですね」と所感を述べます。

◆大して気にも留めないことで案外大きなこと

1944(昭和19)年、南は61歳で故郷・広島に疎開。そして、終戦を迎えると瀬戸内海を描き始めます。というのも、戦時中、広島は軍港だったため海側を描くことが許されていなかったから。それもあってか戦後に瀬戸内海を描いた作品がたくさん残されています。

そのなかの1枚「瀬戸の春」(油彩・1948年頃)を見た片桐は「ここにもおばあさんが屈んでいますね」と気づき、さらには「この絵を見ると、まさか日本が戦争していたという感じはないですね。『子どもの目線』とか、そういうことなのかもしれないですね」と感慨深そうに語ります。

また、家のなかに明かりが灯り、暖かみを感じさせる「雪の積もった家」(水彩・年代不明)を前に「いいですね〜」とうっとりする片桐。

この作品に対して、南が遺したとされる「日常のごく小さなこととして、大して気にも留めないことで、案外大きなことを無意識に過ごしつつあるのに思い至り」という言葉に、片桐は「確かにそうですね……」と納得。

そして、「この雪の影を青で描くのは印象派以降じゃないかと、この雪のしんしんと降る感じが墨色だと出なかったんじゃないかと。確かに影を多彩な色で作っていくのは、光の見方が変わっているということ。大して気にも留めないことで意外な大きなことを無意識で過ごしつつあることを気づかせてくれるのが芸術」と感心しきり。

南の作品の数々に触れ、「穏やかな気持ちで世の中を見つめ、でもなおかつ真髄に至るというか。そういう人もいたんだなと。南さんの作品を見ていると、激動の時代のなかでも当たり前に生きている日常があり、それを見つめさせてくれることは、70年近く経った絵を今見ても心が穏やかになる。そういう価値観もあるんだなと思いました」と片桐は語り、何気ない日常を描き続けた日本の印象派に盛大な拍手を贈っていました。

◆「片桐仁のもう1枚」は、「月夜」

ストーリーに入らなかったものから、どうしても紹介したい作品をチョイスする「片桐仁のもう1枚」。今回、片桐が選んだのは「月夜」(水彩・1907〜1910年頃)。

「他の作品にも人物は出てくるんですけど、欠けた月を正面から見ている女性がいる、このポーズが劇的」と第一印象を語ります。そして、普通に生活している人々をサラッと描くのとはちょっと様子が違う本作から「イギリスで恋でもしたんですかね。欠けた月と佇む女性を遠くから見守る南さん、何かあったのかなって思ったんです。何かもやっとする感じが気になりますね。どういう関係の人だったんだろう」と妄想。

しかも他とは違い、この絵では女性が中心に描かれており、「意思を持って月を見ているところを後ろから見ている。ただ、この絵には魔性が宿っているというか」と心がくすぐられた様子の片桐でした。

※開館状況は、渋谷区立松濤美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>番組名:わたしの芸術劇場放送日時:毎週土曜 11:30〜11:55<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00〜8:25<TOKYO MX2>「エムキャス」でも同時配信出演者:片桐仁番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/