翌週、すし安の訪問日です。

前回の件があるのでなんとなく敷居が高いのですが、伺わないわけにはいきません。店のドアを開けると奥さんがいます。「また、何か言われるかなぁ」と、内心落ち着きません。

「先週は悪かったわね。先輩の方、あんなにきつく叱らなくてもいいのにね。だから若い人たちがついてこないのよ。それにしてもあなたのところは本当に仕事に対して厳しいのね。びっくりしちゃった」

あれ、様子がおかしいぞ。いつの間にか私の味方になっているような感じです。

「覚悟して叱られろ」の意味

「あの後、主人と2人であんたに悪いことしちゃったと話していたのよ。でも主人は『ちょっと叱り過ぎだけど、あれだけ厳しい先輩がいるから、ちゃんと仕事ができるようになるんだ』なんて言い出して、こちらの勘違いを謝らないのよ。ごめんなさいね」

「いえ、いえ、とんでもない。きちんとできていなかったこちらにも原因があるので……」と、曖昧に返します。

なるほど土居さんが「覚悟して叱られろ」「一番いいかたちで収まったから勘弁しろ」と言った意味がわかりました。

あの場で私が「これはそちらの勘違いです」と説明しても、火に油を注ぐようになってしまい、おそらく上手く収まらなかったと思います。

また、土居さんがすごい剣幕で私を叱ったのは、私たちの仕事に対する姿勢をお客様の目の前でしっかり伝えるいい機会だと考えたからではないかと思います。そのことがお2人の言葉からもうかがえます。

営業先で先輩からあれほど厳しく叱られたのは、後にも先にもこのときだけです。それはちょっとしたお芝居のような感じでした。でも、お客様にとってもこちらにとっても、ありがたい叱り方をしてくれたといまでも思っています。

※本文に登場する人物名、店名などは、実名・仮名を適宜使い分けています。

著者:山岡 彰彦