いずれにせよ、現状の水素エンジンはあくまで市販化までに、まだそうとうな開発の必要なレベルの技術。よちよち歩きの赤ん坊に、いきなりレース本番に挑ませているのだということを忘れてはならない。

しかも、それも24時間耐久という過酷な舞台に投入するのは、モータースポーツが技術開発の速度を飛躍的に引き上げるということを、豊田章男社長もといレーシングドライバー“モリゾウ”選手が、よく知っているからだ。

(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

目標となる結果が明確で、チーム全員がクルマのすべてにおいて“自分ゴト”という意識になり、壊れても直して何とかコースに戻らなければならない環境は、テストしてレポートを上げたらまた来週までに改善しておけばいい世界とは、まるで異なる。トヨタがWRCやWECなどのモータースポーツに参戦しているのは、まさにそうしたマインドの育成のためであり、前述の今のトヨタのスピード感とは、こうしたところから醸成されたものと言える。

カーボンニュートラルには多様な道のりがあるはずだ

このような経緯で実現した水素エンジン搭載マシンによるレース参戦には、カーボンニュートラルには多様な道のりがあるはずだというメッセージが込められているように思う。本来、目指すべきはあくまでカーボンニュートラルであり、その目的が実現されれば手段は多様でいいはずなのに、今の世論はクルマのバッテリーEV化こそが、その道筋だという方向にミスリードされている現実がある。水素エンジンは、そこにひとつ別の選択肢を示すものと期待できる。実際、本番では福島県浪江町の福島水素エネルギー研究フィールドで製造された再生可能エネルギー由来の水素が使用される予定だ。

内燃エンジン技術を生かしながらカーボンニュートラルに近づくことができれば、クルマ好きやモータースポーツ業界にとっても将来は明るくなる。何しろ水素エンジンはガソリン車以上に心地いいサウンドを奏で、水素を充填すればすぐに走り出せるから、こうした24時間耐久レースだって変わらず行える。日本自動車工業会会長としての豊田章男氏は年頭に「自動車産業に携わる550万人」への感謝を述べたが、そこにはモータースポーツ界も、ちゃんと含まれていたわけである。

(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

SUPER TEC富士24時間耐久レースの本戦は5月21〜23日に開催される。このマシンには“モリゾウ”選手も乗り込む予定だ。

著者:島下 泰久