米中貿易戦争により幕を開けた、国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代。

独立したグローバルなシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」の専門家が、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを、順次配信していく。

専制主義とワクチン外交

新型コロナウイルスによる感染症との闘いにおいて切り札とされるのがワクチンである。すでに人口の半数のワクチン接種を終えたイスラエルでは新規感染者が劇的に減り、通常の生活に戻りつつある。先進国の中でも特に大きな被害を受けていたアメリカとイギリスでもワクチン接種が進み、トンネルの出口が見える状況になっている。そんな中で誰がワクチンを開発・製造し、誰が接種できるのかをめぐって地経学的な競争と対立が起きている。

誰がワクチンを開発し、誰が接種できるのかを決めるにあたって、専制主義的な体制は地経学的な戦略に基づいて判断することが容易である。ロシアは冷戦時代から蓄積していた生物兵器開発のレガシーを生かし、驚異的なスピードでワクチン開発を進め、そのワクチンに「スプートニクV」と冷戦時代の栄光を彷彿とさせる名をつけて、通常のワクチン開発で用いる治験の手順を省略してワクチン接種を開始した。感染症研究の権威的雑誌である『Lancet』に掲載された論文では、スプートニクVの有効性は91%と評価され、世界を驚かせた。

ロシアは製造元のウェブサイトによれば2021年2月の段階で20カ国以上に供給している。デューク大学のデータベースでは契約分も含めるとインドに1億回分、ベトナムに5000万回分など、ラテンアメリカ諸国を中心にワクチンを供給している。しかも、ロシアはワクチンの配分が少ない国の富裕層を狙って「ワクチンツーリズム」を展開し、ビジネスにしている。

同様に、中国もかなりのスピードでワクチン開発に成功したが、その有効性は79%とみられており、欧米やロシアのワクチンと比較すると見劣りする。しかし、ワクチンに対する需要が高い中では戦略的なツールとしての効果は十分に発揮している。