その古典派経済学の中心グループから後に古典派を揺るがす人物が現れる。それがジョン・メイナード・ケインズで、マーシャルらに学び、経済学の将来を嘱望されるエリート中のエリートだった。

経済学者の父親と市長を務めた母親の間に生まれ、ケンブリッジ大学のエリートグループの中で学びながらも、先鋭的な芸術家グループと親交をもつという、周囲から一目置かれる人物で、彼の論理は秀才たちとは一味も二味も違う切れ味を備えていた。

ケインズは古典派経済学に通暁し、いわゆるケンブリッジ学派の有力者として古典派の理論的進化を助けながらも(確率論、貨幣論)、次第に古典派の理論体系に違和感を覚えていく。

「大恐慌」に襲われる人類と古典派経済学

そして、1929年にアメリカのウォール街で株式の暴落が起き、それを引き金にしていわゆる「大恐慌」と呼ばれる空前の大不況に見舞われる。20世紀の中で最も長く、最も深く、最も広範と言われるこの不況の影響は、アメリカから世界中に飛び火し、とくに当時の資本主義先進国をことごとく苦境に陥らせていく。

数年の間に世界のGDPは15%減少し、人々は職を得られないまま(例えばアメリカでは失業率が一時25%になった)、どうすればよいのか途方に暮れていた。

悲惨を極める状況に、市民も政治家も、経済学者にその処方箋を期待した。

古典派経済学の一般的な考えでは「人々が自由に経済活動を行えば行うほど自身も社会も豊かになる」はずであった。大恐慌に対しての経済学者のアドバイスはといえば「じきに回復する」「なすに任せよ(レッセ・フェール)」であった。

ただ、待ってはみるが、経済は回復せず、それどころかさらに悪化していく。それに対して古典派は「不況は次の繁栄のための準備期間なのだ」と説く。悪いところが自然に改まれば、経済は自然に回復する、はずであった。

しかし、それはいったい、いつまでなのか。一般人も経済学者も、みな我慢しながら途方に暮れていた。