米中貿易戦争により幕を開けた、国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代。

独立したグローバルなシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」の専門家が、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを、順次配信していく。

半世紀以上もの間、共同声明に言及されてこなかった

2021年4月に行われた日米首脳会談で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」と「両岸問題の平和的解決を促す」という文言を盛り込んだ共同声明が発表された。日米首脳間の共同声明に「台湾」が明記されるのは、1969年11月の日米共同声明において、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素である」という文言が盛り込まれた、いわゆる「台湾条項」以来、実に52年ぶりのことである。

今回の声明については、中国の軍事的脅威の増大を前に、台湾への武力行使に日米両国が共同で反対を表明した点で画期的だという評価もある。しかし、内容自体は従来からの日本政府見解の域を出ない。

それにしても、中国の軍事的脅威が唱えられて久しいにもかかわらず、なぜ半世紀以上もの間、「台湾」の存在が日米首脳間の共同声明に言及されてこなかったのであろうか。本稿では、歴史的文脈から、改めて今回の日米共同声明が持つ意義について考えてみたい。

台湾地域が日米安全保障条約(以下、安保条約)の適用対象であるか否かは、半世紀前においても敏感な政治問題であった。安保条約の対象地域は「フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下」にある「極東」と定義されている(1960年2月26日政府統一見解)。

しかし、1960年に改定された安保条約で、在日アメリカ軍が日本の外への「戦闘作戦行動(combat operation)」を行う際には、日米両国が前もって協議を行うという「事前協議制度」が設けられた。そのため、アメリカ側は、台湾有事が起こったとき、日本政府が事前協議で在日アメリカ軍の出撃を認めるかの確信を持てないでいた。

1969年11月の日米共同声明に盛り込まれた「台湾条項」は、沖縄返還後も、台湾有事における沖縄からのアメリカ軍出撃を、日本政府が政治的に担保する狙いがあった。中国政府の反発を懸念していた日本政府であったが、最終的には沖縄返還のバーターとして、台湾有事における在日アメリカ軍出撃の保証を行った。