そうした桐生線の沿線と比べると、起点の太田駅はなにしろ天下のスバルの企業城下町。コロナ禍の前は出張で太田を訪れる人が多かったという。そのためか、駅の周囲にはいくつものビジネスホテルが建ち並ぶ。

ここでは太田駅管区長で太田駅長の小此木隆利さんに解説を願おう。

太田駅管区長の小此木隆利さん(左)と副管区長で新桐生駅長の木村美徳さん(筆者撮影)

「やはり太田はスバルが中心の工業都市ですね。農産物では大和芋が有名。90年代後半から高架化したのですが、それ以前は駅のすぐ西を通っている国道407号が線路をオーバーパスしていたんです。でも駅を高架化するということで、一旦国道を通行止めにして、線路を上げて国道を下げるという工事をしたんです。なかなか珍しいことで、それはよく覚えていますね」(小此木さん)

都心と特急でつながる強み

このように、桐生線はどの駅をとってもエピソードが次々に飛び出してくる。都心を駆け抜けるスカイツリーラインや東上線とはまったく別世界ののどかな田園地帯を走る北関東の東武の電車。しかし、そうした路線にも東武がこの地で培ってきた沿線の人々とのつながりが確実に息づいている。そして、特急「りょうもう」号による“東京直通”。その威力は思っている以上に大きい。小此木さんと木村さんはいう。

「たとえば大和芋などの農産物を『りょうもう』に乗せてスカイツリーの下で販売するとか。そうすればこの地域の魅力を少しでも知ってもらうきっかけになると思うんですよね、きっと。そうすれば、こちらのほうに暮らそうという人も増えてくるかもしれない。東京につながっていることは、桐生線の大きな武器だと思っています」

赤城駅の上毛電鉄のホームに電車が入線。特急「りょうもう」と並ぶ(筆者撮影)

桐生線の終点、赤城駅。隣のホームには上毛電鉄の元京王3000系がやってくる。駅舎から構内踏切を渡った東武のホームには“浅草ゆき”の特急が出発を待つ。

ひなびた風情のある北関東のこの地でも、東京都心と結ばれている。そのことに、東京ぐらしの筆者はなんだか安心感を抱いてしまう。もしかするとそれこそが鉄道の大きな意義の1つなのかもしれない。

著者:鼠入 昌史