バブル景気も終焉を迎えた1991〜1994年の間、華やかな時代の名残を惜しむかのように咲いた「ジュリアナ東京」の最寄り駅はどこだったか。直接、出入りした経験がある向きならいざ知らず。田町であるとは、あまり記憶されていないのではなかろうか。

その頃にもてはやされた海に面した商業エリア、いわゆる「ウォーターフロント」にあり、空いた倉庫の有効活用としてオープンした。夕方になると、「ワンレン」「ボディコン」の若い女性が続々と田町駅に降り立ち、歩いて10分もかからないところにある、このディスコへ向かったという。

今の田町のイメージは?

一時代を築いたシンボリックな建物が田町にあった時代は短かった。では、今の田町のイメージは?と問われると、いささか答えに窮する。鉄道ファンなら、東海道本線の長距離列車の車両基地であった田町電車区ともなろうが、これも廃止されて久しい。

一般には、むしろJR田町駅に隣接しており、お互いの乗り換えも便利な都営地下鉄の駅「三田」のほうが著名ではなかろうか。慶應義塾大学三田キャンパスの存在によってである。駅周辺の公共施設も、三田を名乗っているところが多い。

現在、港区に田町という町名は存在しない。田町駅の所在地も芝5丁目である。“芝”は落語「芝浜」や、東芝で知られる地名だ。田町は東海道沿いの集落名に由来する。江戸時代には諸藩の屋敷が建ち並んでいた。江戸城無血開城を決めた西郷隆盛と勝海舟の会見は、現在の田町駅の直近と言っていい位置にあった薩摩藩邸で行われており、駅構内にはそれを記念したモニュメントもある。