「ドーナツ経済」という概念をご存じだろうか。従来の成長依存から脱却し、限りある地球上の資源の中で、全ての人が幸福に暮らす社会を築き上げることを目標とするという経済モデルである。

2020年4月、オランダ・アムステルダム市が都市政策に採用することを宣言。2021年新書大賞に輝いた『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平氏は「こうした転換が現にアムステルダムという都市を動かそうとしているのは大きな希望」(マガジンハウス刊「BRUTUS」2021 1/1・15合併号)と述べる。

いったいどのような考え方なのか。ドーナツ経済を提唱するケイト・ラワース氏の著書『ドーナツ経済』(黒輪篤嗣訳)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

「ドーナツ経済」の「ドーナツ」とは?

ドーナツとは具体的には何なのか? 簡単にいえば、今世紀の人類の指針になる斬新なコンパスだ。コンパスの針が指し示す先には、すべての人のニーズが満たされ、なおかつ人類全員が依存している生命の世界が守られる未来がある。ドーナツの社会的な土台の下には、人類の福祉における不足が横たわる。つまり食糧や教育や住居など、生活に不可欠なものを欠いた状態だ。

環境的な上限のうえでは、生命を育む地球のシステムへの負荷が限度を超過している。例えば、気候変動や海洋酸性化、化学物質汚染がその原因だ。しかしこれらの境界線の内側には、最適な範囲──ドーナツの形をした部分──が広がる。つまり環境的に安全で、社会的に公正な範囲だ。この安全で公正な範囲にすべての人を入れるという前代未聞の事業を成し遂げることが、21世紀の課題になる。

(出所)『ドーナツ経済』(河出書房新社)

ドーナツの内側の輪──社会的な土台──は生活の基本となる部分であり、誰一人としてこの部分が不足してはいけない。基本項目は12ある。まず十分な食糧。それから上水道と衛生設備。エネルギーの利用(空気を汚さない調理設備)。教育、医療。人間にふさわしい住居。最低限の所得と人間らしい仕事。情報通信と社会的な支援のネットワーク。さらには男女の平等、社会的平等、政治的発言力、平和と正義も、基本項目に含まれる。

1948年以来、どんなに貧しくても、どんなに無力でも、誰もがこれらの生活の基本的なニーズを享受できるよう、国際的な人権の基準や法律が定められている。これらすべての項目の実現に期限を設けることは、かなり大それたことに思えるかもしれないが、じつはすでに公式に期限が設けられている。

2015年、193の加盟国が合意した国連の持続可能な開発目標に、これらの項目はすべて含まれているのだ。そのほとんどが2030年までの達成を目標にしている。