県の中北部に農村や山間部を、南部に淡路島や離島を抱え、郡部に根強い「維新アレルギー」への配慮もあるのだろう。その一方、大阪府と接する阪神間を中心に都市部では維新支持層が確実に増えている。6月に行われた尼崎市議選では、各党が軒並み得票を減らす中、維新は上位3位を独占。3議席増の10議席に伸ばし、自民を抑えて公明に次ぐ第2勢力となった。

自民党兵庫県選出の西村康稔・経済再生担当相(前列右)とともに各地を回った斎藤元彦・新知事(前列左)(写真:松本創)

斎藤氏の選挙運動を担った自民の県議や神戸市議たちは「彼はそもそも、うちの独自候補。維新の支援は拒まないが、あまり前面に立たれると困る」と言い、実際、選挙運動の日程は「自民4対維新1」で配分された。斎藤氏を囲い込み、維新を遠ざける狙いだったが、神戸・阪神間では勢いの差を見せつけられることになった。自民は兵庫県選出の西村康稔・経済再生担当相が新型コロナ対策のさなかに二度も地元入りして斎藤氏とともに各地を回ったのをはじめ、丸川珠代・五輪相、下村博文・党政調会長らも来援したが、吉村・松井両氏の街頭演説と比べれば、聴衆の数も熱気もはるかに及ばなかったのである。

特にコロナ禍以降、連日テレビに顔を出す吉村人気は絶大で、彼が姿を現すと斎藤氏本人そっちのけでスマホを手に群がり、歓声を上げる人たちが目立った。松井氏が「これからは令和の政治家の時代。斎藤さんと吉村さんの40代知事コンビに任せましょう」と呼びかけると、大きな拍手が起こる。街頭の反応だけではない。神戸新聞などが行った出口調査では維新支持層の82%が斎藤氏に投票しており、無視できない影響力を示した。

冒頭の維新本部での会見で、私は斎藤氏にこんな質問をした。

「告示日の事務所開きで馬場幹事長は『これからの自治体は再分配だけでなく、自ら儲けることが必要』と語っていた。行政が営利事業に乗り出すような考え方をどう思うか。たとえば、大阪では公園のパークマネジメント(民間企業への管理委託と商業施設化)が進んでいるが、そういう手法を取り入れるのか」

斎藤氏の答えはこうだ。

「行政だけですべての事業や社会課題の解決に取り組む時代ではなく、公民連携をしっかりやる。行政が営利事業をするという発想ではなく、民間の知恵や活力を借りて県民によい行政サービスを提供していく。公園の民間委託は大阪も成功しているが、時代の流れ。委託期間を長期化するなど、民間が投資・回収しやすいアイデアをどんどん取り入れる方がいい」

行革や民活は何も維新の専売特許ではなく、良し悪しや程度は別として「時代の流れ」であるのは確かだから、これだけで維新色を判断するわけにはいかないが、大阪を一つの成功モデルと捉えていることはわかる。一方、別の質問で馬場氏が県議会の「身を切る改革」、つまり議員報酬や定数の削減を求めたことに対しては、「いろんな形の行財政改革が必要」「まずは自分の身を処する」と答えるにとどまった。

自民と維新相乗りになった複雑な事情

自民と維新が斎藤氏に相乗りしたのは複雑な事情が絡み合っている。背景要因として井戸敏三前知事(75)の5期20年という多選があり、直接的には新型コロナ禍がきっかけを作った。そこに端を発して最大会派の自民党県議団が二つに割れ、県政史上初めての自民分裂選挙となったのである。経緯を振り返っておこう。

兵庫県では、総務省(旧内務省〜自治省)から副知事を経て知事になる禅譲体制が四代59年にわたって続いてきた。今回の選挙も当初は、井戸知事の下で副知事を11年間務めた金澤和夫氏(65)が既定路線と衆目一致していた。事あるごとに大阪の維新首長と対立した井戸氏をはじめ、県庁や自民県議の間でも維新の脅威は大きく、「兵庫に維新の知事を誕生させるな」が共通の目標になっていた。