「本格的に知事選の話をしたのは、2019年の参院選直後。維新の圧倒的な票数を見て、これは早急に動かなあかんと井戸さんに掛け合った。金澤で行くなら早く本人に伝え、県内を回らせるべきやと。ところが、井戸さんはなかなか動かない。金澤にも早く腹を固めろと何度も言ったけど、全然動かへん。井戸さんの顔色ばかり見て、指示を待っている。

真面目で人がいいのはわかるけど、選挙はケンカやからね。自分から勝負に打って出る気迫や熱意がないと勝てない。まして相手は維新や。金澤で本当に勝てるのか、資質的に無理やないかと不安視する声が周囲から出てきた」

斎藤氏を擁立した中心人物である自民党県連幹事長の石川憲幸県議が振り返る。複数の地元議員が異口同音に語り、「井戸さんはあわよくば6期目もやりたかったのでは」と訝しむ声もあった。そんな中、20年初頭から新型コロナ禍が発生。吉村知事が突然ぶち上げた「大阪・兵庫間の往来自粛」などで井戸知事は維新への対立姿勢をますます強め、コロナ対策担当となった金澤氏は忙殺された。

この状況にしびれを切らした石川県議らは、別の候補者探しに動く。

「昨年7月、国会議員の紹介で大阪府の財政課長だった斎藤氏に会った。知事選への意向を聞いたら、いつとは明言しないが、『故郷の兵庫に恩返ししたい気持ちはずっと持っている』と言う。第一印象は若さもそうやけど、とにかく爽やかでね。しかも元彦という名前は、かつての金井元彦知事(井戸氏の三代前)から取っておじいさんが名付けた、と。これは行けると、われわれの中で有力な候補になった」

斎藤氏は演説で「出馬を決意したのは1年前の7月」「コロナ対応で何かと比較され、対立する兵庫と大阪を協調関係に変えたいと思った」と繰り返し語っており、石川県議の話と時期的に符合する。

実は私も同じ頃、斎藤氏と面識を得ていた。兵庫県知事選に意欲を持つ若手総務官僚がいることは数年前から聞いていたが、大阪のコロナ対策や都構想住民投票へ向けた動きを取材する中で彼と出会ったのだった。さすがに記者である私の前で明言はしなかったが、知事選出馬の話を向けても否定せず、むしろ地元の情勢を知りたがった。何度か会って話す中で、ありありと意思を感じた。

自民分裂に乗じて先手を打った維新の巧みさ

地元の動きと並行して、県選出の自民党国会議員団でも議論が起きていた。次期衆院選も見据え、「維新に勝てる候補」と当初有力視されたのは、やはり兵庫出身の黒田武一郎・総務事務次官だったというが、今年に入ってから次第に斎藤氏に絞られていった。主導したのは西村経済再生担当相と言われる。その西村氏は後に、神戸新聞でこんな趣旨のことを語っている。

「斎藤氏は若いが、豊かな経験に基づく安定感と改革志向の二つを満たしている。井戸知事とはコロナ対策で緊密に連絡を取ってきたが、副知事の金澤さんとはコロナや地域経済について一度も話したことがない」

そうした中、20年12月の県議会で井戸知事が退任を表明し、ようやく金澤氏後継を自民県議団へ正式に伝える。県議団執行部はその方針通りに即決したが、異論を排除する強引なやり方に石川氏らが反発し、分裂騒動に発展してゆく。金澤氏を担ぐ多数派の32人と、斎藤氏を推す石川氏ら11人に会派が割れ、県連選対(金澤)と国会議員団(斎藤)の間でもねじれが生じた。すったもんだの末、自民党本部が斎藤氏の推薦を正式決定したのは、今年4月12日のことだった。