コロナによる初の緊急事態宣言後、新聞紙上などでいち早くウイルスとの共生を訴えた生物学者・福岡伸一さん、コロナ禍で注目された「利他」を学問として研究する美学者・伊藤亜紗さん、「パンデミックを生きる指針」が大反響を呼んだ歴史学者・藤原辰史さんが、『ポストコロナの生命哲学』を上梓しました。

その中で、ウイルスを制圧しようとするのではなく、ウイルスと共生していくことが大事だと述べられています。では、共生のためには何が必要でしょうか。それぞれの専門の立場で切り込みます。本稿は同書より一部抜粋・再構成してお届けします。

第1回:コロナを「ウイルスとの戦争」と見る事への違和感

人によって「治る」ゴールは異なる

伊藤:これから新型コロナウイルスと共生していくのであれば、「治る」とは何かということをもう一度考えなおすことが、社会にとって必要な変化になっていくのではないかという気がします。「治る」というのは、ある種、自分の輪郭を再獲得することだと思います。

例えば、新型コロナウイルスに感染したとき、自分の中に棲み着いたウイルスを排除する、つまり自分でない存在を外部に出して、「自分の輪郭はここまで」とすることが「治る」ということなのだと思いますが、私がずっと関わってきたような病気を持っている人たちの輪郭はそんなに単純ではありません。

幻聴が聞こえる精神疾患を持つ方の場合であれば、その幻聴が自分なのか自分ではないのかというのは非常にあいまいで、「治る」ということは幻聴をなくすことではなかったりするわけです。

人によっては、幻聴とともにうまく生活していくことが「治る」ゴールだということもありますし、何をもって「治る」とするのかは、本当に人それぞれです。でも、これまでの医療の仕組みでは、これが人間の健康な体であるという1つの「正解」があって、病人をその「正解」まで持っていく作業が行われてきました。

そこには、非常に強い抑圧的な力がはたらいていたはずです。人それぞれの「治る」ゴールが許されないというのは、とてもしんどいことだと思います。