コロナ・パンデミックやロシアによるウクライナ侵攻と、世界はいま、歴史的な「大惨事(カタストロフィ)」に直面している。我々人類が、カタストロフィを予見することは可能なのだろうか? カタストロフィに脆弱な国家とそうでない国家の違いとは何だろうか? 「いま、もっともすぐれた知性」と目される歴史家のニーアル・ファーガソン氏の著書、『大惨事(カタストロフィ)の人類史』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。

惨事が外的要因によることは稀である

自然のカタストロフィであれ、人間が招いたカタストロフィであれ――このように二分するのは、後で見るように、いくぶん間違っているのだが――その歴史は、経済、社会、文化、政治の歴史から切り離して研究することはできない。

惨事がもっぱら外的要因によることは稀であり、例外は、大規模な天体衝突(6600万年間起こっていない)か、エイリアンの侵略(まったく起こったことがない)ぐらいのものだろう。

巨大な地震でさえ、どれほどの惨事になるかは、断層線に沿って――あるいは、もし津波が引き起こされれば、海岸線に沿って――どれだけ都市化が進んでいるか次第だ。

パンデミックは、新しい病原体と、それが襲いかかる社会的ネットワークから成る。ウイルスだけを調べても、感染がどれほどの規模になるかはわからない。なぜならウイルスは社会的ネットワーク内で感染可能な数の人にしか感染しないからだ。