ある経済現象の捉え方として、経済学者の言説と、世の中で多くの人が抱く印象とが、違っているときがある。それは、どうしてなのか。

「消費者主権」と市場原理

経済学の論理というと、何を思い浮かべるだろうか。「市場原理主義」。つまり、何でも市場に任せていれば経済活動は万事うまくいく、という主張がある。

しかし、そんなわけはないだろうと思う読者も多いだろう。

そもそも、「市場原理主義」は、英語でmarket fundamentalismという。「市場」原理主義、といったところだ。原理主義には、原理原則を厳格に守ろうとする意が込められている。

しかし、経済学者の言う市場原理は、英語でいえばmarket mechanism。市場原理を重んじる思想を「市場原理主義」と呼ぶとしても、経済学者が考えているのは、「市場原理」主義であって、「市場」原理主義ではない。多くの経済学者は、そんな原理主義者ではない。語源からしてそもそも異なるのである。

市場原理といっても、世の中の需要と供給を、過不足が生じないよう調整するメカニズム、といっているにすぎない。

その割には、日本で、もっと規制緩和を進めよ、という主張を経済学者が展開していて、それはもっと市場原理を徹底せよと聞こえて、原理主義的に市場原理を信奉しているように見えるかもしれない。

それは、経済学の論理の背景に、「消費者主権」の考え方があるからである。消費者が何をどれだけ買うかは、消費者の選好(好み)に従って自由に選択すべきものとする考え方である。

これまでの日本では、欧米と比べて、生産者を守る規制が多く、それによって消費者は割高な価格を払わされていた。規制があるせいで、自由な価格づけがなされず、市場原理(より突き詰めれば価格調整メカニズム)が働かず、消費者が不利になっている。そうした認識を、多くの経済学者が持っていた。世の中に、経済学者の認識がきちんとそのように伝わっていなかったかもしれない。だからこそ、消費者の利益にかなう形で規制緩和を唱えていた。

だから、市場原理主義は嫌いでも、市場原理(を推す経済学者)は嫌いにならないでいただきたい。