今日9月27日、安倍晋三元首相の国葬が日本武道館(東京・千代田区)で執り行われる。現地時間の26日までニューヨークで国連総会が開かれ、首脳外交が繰り広げられたこともあり、安倍氏の国葬への国家トップレベルの参列は、欧州連合(EU)のミシェル大統領(欧州理事会議長)やインドのモディ首相、オーストラリアのアルバニージー首相らにとどまる。

数日前の19日にはイギリスのエリザベス女王(エリザベス2世)の国葬がロンドンで執り行われたが、エリザベス女王の国葬と、安倍氏の国葬、双方への参列を決めた先進7カ国(G7)唯一の首脳がいた。カナダのジャスティン・トルドー首相(以下、ジャスティン氏)だ。

だが24日に、ジャスティン氏は訪日を取りやめると発表。カナダ東部に上陸したハリケーンが甚大な被害をもたらし、その災害対策のためと説明した。

安倍氏の国葬には直前で欠席することとなったが、そもそもジャスティン氏はなぜ双方への参列を決断したのか。日本ではあまり知られていない人物を振り返り、分析してみたい。

父親もカナダの元首相

ジャスティン氏は1971年12月25日のクリスマス生まれで、現在50歳だ。ジャスティン氏が生まれたとき、父親のピエール・トルドー氏は当時52歳で、第20代のカナダ首相を務めていた。母親のマーガレット・トルドー氏は23歳で、1968年に首相になるまで独身を貫いてきたピエール氏と1971年3月に結婚式を挙げたばかりだった。

2人の出会いは休暇先のタヒチ。当時、法務大臣だったピエール氏が家族旅行で訪れていた18歳のマーガレット氏を見初め、極秘交際を続けていたとされる。2人は結婚後、ジャスティン氏を含む息子3人をもうけるが、マーガレット氏は多忙な首相に子育てを任せっきりにされたことに不満を抱え、夫婦関係は早々に破綻する。2人は1977年に別居、1984年には離婚が成立している。ジャスティン氏ら3兄弟は父やその親戚に育てられた。