そもそも、タイで中国BEVの需要が一気に増えた背景には、タイ政府が目指すBEV産業構築に向けた動きがある。

タイは「ピックアップトラックのデトロイト」と呼ばれることがあるなど、ASEAN域内、中南米、中東、アフリカなどに向けて、ピックアップトラックを軸足に製造・輸出する政策で成功してきた。

三菱自動車はラリーアート仕様をはじめ、ピックアップトラックのトライトンを多数、展示(筆者撮影) 三菱自動車はラリーアート仕様をはじめ、ピックアップトラックのトライトンを多数展示(筆者撮影)

これによって、トヨタはIMV(イノベーティブ・インターナショナル・マルチパーパス・ヴィークル)、三菱自は「トライトン」やトライトンをベースとした「パジェロスポーツ」、そしてフォードは「レンジャー」といった世界戦略モデルを開発・生産している。

なお、いすゞには「D-MAX」というピックアップトラックがあるが、他社と比べてタイ国内での地産地消の傾向が強い。

補助金制度でタイ国内へ工場を誘致

筆者はこれまで、こうしたメーカー各社の製造拠点のいくつかを現地取材しており、各社のピックアップ開発の状況を定点観測してきた。そうした中で、タイ政府が2000年代から打ち出してきたエコカー政策は、あまり大きな効果がなかったといえる。

それが、グローバルでBEVシフトの流れが見え始めた2017年から、タイ政府は海外からタイへの投資の呼び込み策として、BEV関連政策を強化。BEVを「ピックアップトラックの次の一手」として捉え、BEVにおいてもタイ国内でサプライチェーンを築いて生産台数を増やす構えだ。

タイ・トヨタのラインナップ。タイなどASEAN域内で生産するモデルが多い(筆者撮影) タイ・トヨタのラインナップ。タイなどASEAN域内で生産するモデルが多い(筆者撮影)

近年は、タイ国内でBEVを製造するメーカーへの補助金制度を設けており、それを活用してMG、GWM、BYDといった中国メーカーが、タイで製造拠点の準備を進めている。

また、現状では中国からのBEV輸入には関税がかかっていないため、中国メーカー各社は将来のタイ進出をにらんで初期需要を獲得し、タイ市場に積極的に参入しようと、戦略的な販売価格を設定してシェア拡大を目論んでいる

結果、前述したように充電インフラ整備など、BEV需要に対する社会基盤が十分に整っていない状態にもかかわらず、中国BEVが一気にタイへ押し寄せる状況となっている。そのため、一時的な供給過多が発生しているのかもしれない。