はにかむ。ただ単に恥ずかしがるのとはちょっと違う。恥ずかしがりながらも、相手に甘えるような、何かを仕掛けるような仕草。さりげなくはにかむのは、ものすごく難しい。

「ちょっとはにかんでみて」と言われてもそう簡単にはできない。この「はにかむ」を得意とし、極上のはにかみで魅了する俳優がひとりいる。御年73歳、昭和・平成・令和の茶の間を笑いと涙であふれさせ続ける西田敏行である。

49歳の私にとっては父親のような存在。幼い頃から彼の姿をテレビで観続けたので、新聞社勤務で不在がちだった実父よりも身近に感じる、といったら言い過ぎかな。濃厚な記憶の始まりは『池中玄太80キロ』(1980年・日本テレビ)だ。

通信社のカメラマン・池中玄太役の西田に、父を寄せていたのかもしれない。あんなに情が厚くて熱い人ではなかったけれど。当時、私は三女の弥子ちゃん(安孫子里香)と同じ年くらいだったが、酒とたばこと怒号と喧嘩にまみれて仕事をしながらも面白おかしくて笑顔が温かい西田を、理想的な父親像として観ていた気がする。

笑顔ってのが実はすごく重要で、当時は大の男が満面の笑みを見せづらい時代だったから。「男は黙って〇〇」が美学とされた時代に、あの全方位外交な満面の笑みを振りまきつつ、男ならではの荒々しさや弱々しさも装備。決して二枚目ではないというのも大きい。私が二枚目・ハンサム・イケメンと呼ばれる俳優よりも、三枚目の俳優が好きなのも、おそらく原点は西田敏行のせいである。

昭和の子供を夢中にした名作『西遊記』

観る者の涙腺を刺激する池中玄太の前に、どうしても外せない作品がある。名作『西遊記』(1978年・日本テレビ)だ。ゴダイゴの歌2曲は今でも口ずさめるほど(あ、英語の歌詞は鼻歌ね)。日本と中国が友好関係にあった時代を象徴するドラマで、三蔵法師を演じた夏目雅子の初々しさと美しさを凝縮した作品だった。

西田が演じたのは猪八戒。豚の妖怪である。主役の孫悟空(猿の妖怪)は堺正章、沙悟浄(カッパの妖怪)を岸部シローが演じた。

1978年の西田敏行さん(写真:時事通信)

この絶妙なキャスティング、そして3人のアクションと丁々発止が当時大人気だった。

古代中国の物語なのに、堺はべらんめえ調の標準語、西田は東北弁、岸部は関西弁という奇天烈さ。場当たり的なアドリブの応酬が実に自由奔放。この一行が天竺を目指して旅をして、各地で妖怪や悪人を退治する成敗モノであり、特撮の面白さと不思議な異国情緒を味わえる稀有なドラマだった。そりゃ昭和の子供は夢中になりますって!