疫病、災害、老後……。これほど便利で豊かな時代なのに、なぜだか未来は不安でいっぱい。そんな中、50歳で早期退職し、コロナ禍で講演収入がほぼゼロとなっても、楽しく我慢なしの「買わない生活」をしているという稲垣えみ子氏。不安の時代の最強のライフスタイルを実践する筆者の徒然日記、連載第7回をお届けします。

「買わない」生活の始まり

前回、会社を辞めて生きていくには、どうやら「キラキラ」生活を諦めねばならないかもしれないという現実に気づいたときのことを書いた。

で、結論から言うと実際に諦めることになったわけなんだが、この「キラキラを諦めて生きる」とは具体的にどういうことなのか、いざ自分で実行するまで、私は何にもわかっちゃいなかった。直面してみて初めて、想像を絶する事態への予感に打ち震えた。

今回はそのことを書こうと思う。

もちろんこれは私の個人的体験にすぎないが、何が起きるかわからない世の中であります。当たり前と思っていたことがまったく当たり前じゃなくなることもあるってことを我らコロナで思い知ったばかり。なので何はともあれ、「当たり前のものを失った」人間の体験を知っておくことは無駄じゃないと私は思う。というわけで、書く。

最初は、そんなに深刻なこととは思っていなかったのだ。

確かに会社を辞めて給料がもらえなくなるのは非常事態だが、前回書いたように自炊して食っていくだけなら月2万ほど。安いアパートを探して慎ましく生活すればなんとかなるはず。問題のキラキラも、服は今あるものを使い回し、化粧品もブランドにこだわらなければ安いものはいくらもあろう。つまりは暮らしのランクをそれなりに落とせば良い。

実際には「ランクを落とす」と想像するだけでも当時の私には相当な胆力を要したが、何しろ会社を辞めるのだ。あれもこれもは無理である。そこさえ歯を食いしばって耐えれば、持続可能な人生が送れるはずだと自分なりに腹をくくった。

甘かった。

出だしからつまずいた。今までの半額以下の家賃でようやく見つけた築50年の極小ワンルームは、壁がシミだらけにせよ窓が大きく見晴らし最高というラブリー物件だったんだが、驚いたことに収納というものが一切なかった。クロゼットや押入れはもちろん、靴箱も洗面下収納もない。ついでに冷蔵庫置き場も洗濯機置き場もない。