好かれると期待するから好かれなかったときにショックを受けるわけです。それよりも「当たるも八卦当たらぬも八卦」みたいに構えていたほうがいいのではないでしょうか。

議論でいちいち傷つかない

おいら、たぶん議論で何を言われても傷つかないと思います。なぜって、ビジネスシーンでもそうですが、そういう議論の相手は友だちではないから。

「みんなに好かれたい」とか思っている人が、たまにいるじゃないですか。だから、人に嫌われるとすごく傷つくのでしょうが、「キムタクですら嫌われる世の中で、こんな私が、なぜ万人に好かれると思うの?」みたいな考え方のほうが当たり前な気がするわけです。みんな子どもの頃から一定の割合で人から嫌われてきたはずです。

なので、別に傷つく必要はなくて、「あっ、私を嫌うタイプの人ね」と思えばいいだけでしょう。それに、仲よくなって嫌われるよりも先に嫌われたほうが楽だと思うのですよ。

たとえば、礼儀正しい人を好む相手に対して、たまたま礼儀正しくしていたら仲よくなった……と。仲よくなってから、ふだんどおり礼儀知らずにふるまったとたん、その人が「おまえ、実は礼儀なってないじゃん!」と言って怒り出して離れていった……と。

だったら、最初のうちに怒られてつき合わないほうがコストは安いわけです。もう二度と接点を持たないのであれば、仲よくなっていく過程に使う時間が無駄じゃないですか。

おいらの場合で言えば、よく遅刻をするので、遅刻が嫌いなタイプの人は初めから近づかないでいただきたいのですよ。そういう評判が耳に入った時点で、「遅刻するようなヤツとは話できん」と拒絶してくれたほうがマシで、会って話して何回目かで遅刻したときにそう言われてしまうと、それまでの時間がもったいないですよね、お互いに。

感情と理屈を切り分けられない人「みんなに好かれたい」をビジネスシーンに持ち込んでしまうような、感情の面で「敏感」な人の場合、たとえば、会議で自分のアイデアを批判されると「私が嫌いだから批判するんだ。なんか私、嫌われることしたかな?」みたいに、傷ついたり心を閉ざしたりするパターンがありがちです。

まあ、「大人」であれば、会議で批判されているのは「自分に対してではなく、アイデアに対してだ」という切り分けが普通にできるので、まだ「子ども」なのでしょうね。要は大人になればいいだけなのですが、子どもがそこまでの「知能」に達するのには、案外時間がかかると思うのですよ。

子どもというのは、感情と理屈を切り分けたり、抽象的な思考をしたりするのが苦手で、低学年からできる子もいますが、ある程度できるようになるのは、小学校高学年からだそうです。

たとえば、足し算を教えるとして、単に「リンゴが2個あります」と言ったときに「どこ? ないじゃん!」と言ってしまうのが幼稚園の子。なので、「積み木が2個あります」と実際に目の前に積み木を2個置いて、そこに3個目を出してきて、「1個足すと、3個だよね」と現実にそこにある物で教えないと理解できません。

小学校低学年の子になると、少し抽象的な思考ができるようになるので実物はいらなくなりますが、それでもリンゴ2個とミカン1個という具体的な「イメージ」を言って、「足すと3個だね」と教えないと理解できない。ようやく高学年になると、「2+1」というような数式だけ、単純に算数の抽象的な世界だけで計算ができるようになるわけです。

というように、人間というのは物事をちょっとずつ乗り越えて賢くなるので、時間がかかるのですよ。

さて、もし仕事で傷つきやすい人がいたらどう接したらいいのか。会社の同僚というのは、もちろん幼稚園や小学校の先生ではないので、その人を成長させることは義務ではありません。なので、なるべく傷つけないように「難しいんじゃないかな」「そうだね、難しいね」みたいに、ふわっと接していればいいのではないでしょうか。

著者:ひろゆき