1990年代から2000年代にかけて盛り上がったスイーツブームを象徴する、自由が丘スイーツフォレストが9月26日に休園した。アジアなどの菓子も含めた甘いものの総称として「スイーツ」という呼び名が根づいたのは、同園が大きな話題を呼んだからだ。ラーメンやギョウザなどのフードテーマパークが次々とでき、人気だった頃。同園は2003年11月のオープンからの初年度で230万人を集客し、長い行列が絶えなかった。

やがて、ほかのフードテーマパークは次々と閉園していったが、自由が丘スイーツフォレストは生き残った。17年も続いたのは、有名シェフや新進気鋭のシェフを次々と抜擢し、イベントを仕掛けるなどの工夫を行ったからだ。パティシェの鎧塚俊彦氏も店を持った最初はここだった。

スイーツでさまざまなトライアルを行ってきた自由が丘スイーツフォレスト。休園直前まで趣向を凝らしたスイーツを提供していた(編集部撮影)

今話題のデザートコースも、いち早く2010年から企画している。同年、運営会社のナムコがバンダイとの合併に際し撤退した折、オーナー会社の岡田不動産がスタッフごと丸抱えし経営を引き継いだことも大きい。

同園が次にどんな形で再開するにせよ、これで1つの時代が終わった感がある。そこで、これまでに起こったスイーツブームと、今後どんなスイーツがブームを担っていくかを考えてみたい。

元祖は社会現象になった「ティラミス」

最初のブームは何と言ってもティラミス。当時社会現象となるほど人気だった『Hanako』が1990年4月12日号で特集を組み、流行に火がついた。あっという間に全国でティラミスを売る店ができた。原料のマスカルポーネチーズが払底し、ティラミス味のアイスやチョコなどさまざまな展開があったなど、社会現象となったスイーツでもある。

日本でのスイーツブームの火付け役となったティラミス(写真:Roxiller/PIXTA)

当時ティラミスが目新しかったのは、コーヒーを染み込ませたスポンジとマスカルポーネチーズのクリームという、特徴あるフレーバーを組み合わせた濃厚な味だったこと、フワフワではなくクリーミーな食感が新鮮だったことだった。

バブルの絶頂期でもあり、イタリアンブランドが愛されたあの時代を象徴するスイーツに。新しいものにどん欲な時代で、まだ知らない外国の味がたくさんあったことが大きなブームに結びついたと考えられる。