「財布盗ったでしょう!」

認知症にかかると、何も盗まれていないのに「物取られ妄想」を見る人がいる。なぜそんな考えに陥るのか? ここでは認知症患者が何を考えているのか、その「頭の中」を覗いてみよう。横浜鶴見リハビリテーション病院院長の吉田勝明氏による新書『認知症が進まない話し方があった』より一部抜粋・再構成してお届けする。

認知症の方の「頭の中」

想像してみてください。あなたは、たった一人で初めての海外旅行をしています。その国の言葉は一切わからず、地図もありません。それなのに、あなたは迷子になってしまいました。周りには知らない言葉を話す、見たこともない人ばかり。

「どうしたらいいんだ、これからどうなるんだろう?」
「ああ、情けない。一人じゃ何もできない」
「お願い、誰か私に気づいて! 話を聞いて!」

まさにこれが、認知症の方の思いです。特に認知症の初期では、ご自身の異変を自覚している方も多いといわれています。今まではラクラクできていたことができなくなり、誰かの手助けが必要となった現実を、「情けない」と嘆くのも当然です。

認知症の方は、病人であると同時に一人の大人でもあります。サポートしてくれる家族に対して「迷惑をかけて申し訳ない」、そして「何か役に立ちたい」と思っているのです。

記憶障害や見当識障害など、さまざまな不具合を抱える認知症の方が、「役に立ちたい」と考えているというと不思議でしょうか?

認知症を発症しても、一個人としての尊厳やプライドは消えません。一方的に面倒をかける存在ではなく、社会や他者のために貢献したいという、人として当たり前の思いがあるのです。

毎日接していると、余裕がなくなったり、疲れたりして難しいときもあると思うのですが、認知症の方に接するとき、尊厳やプライドの存在を、どうか忘れないでください。

以前、約300人の認知症の入院患者さんにアンケートを実施しました。「たまには院外にお出かけしてみたいですか?」と問うと、多くの方が、「はい、したいです」と答えました。

「自分の家に外泊したいですか?」の質問にも「はい」の答えの方が多数。ある方に、「どのくらいの外泊を希望されますか?」と聞くと「2、3日くらい」と答えられました。「では、退院を希望されますか?」と続けて聞くと、「いいえ、叱られちゃうから……」とおっしゃったのです。