学歴社会ではなにかとネガティブに受け止められがちな「中退」。だが、中退した結果、どんな人生を送ることになるかは、今まであまり可視化されてこなかった。

そこで、この連載では「学校を中退した」人たちにインタビュー。「どんな理由で中退を選んだか」「中退を後悔しているか、それとも辞めてよかったと思っているか」「中退した結果、人生はどうなったか」などを尋ね、中退という選択が、その後の人生や価値観に与える影響を浮き彫りにしていく。

本連載第1回の今回、話を聞くのはフリーライターの三上涼さん(仮名・33歳)。多数のWebメディアで執筆する男性だ。

1988年生まれの彼は、北海道の道東出身で、中央大学文学部を4年時に中退している。

中大と言えば、 明治大学、青山学院大学、立教大学、法政大学とともにMARCH(最近は学習院大学を加えてGMARCHと呼ばれることも)を形成する一校として知られる名門だが、なぜ中退したのか。そして、その後どんな人生を歩んだのか。

語ってもらう前に、まずは彼がどんな目的で上京し、中大に入学したのかも話してもらおう。

田舎に馴染めず、東京での大学生活に憧れ

「子どもの頃から本やマンガが好きで、農家が実家の身としては出版社の仕事が都会的で楽しそうに見えました。ただ、あまり真面目に勉強していなかったので、高校は進学校ではなく運動部中心の高校。ヤンキーが多かったこともあり、東京の、オタクっぽいノリの大学生活に憧れを持つようになりました」

三上さんの両親はともに高卒だ。それもあってか「大学に行けという雰囲気はなく、むしろ『お金がかかる』と苦い顔をされました」とのこと。

そんななか、一浪の末、三上さんは中大文学部に合格し、上京した。

「上京後、キャンパスが八王子にあることを知りました。普通に畑とかあって田舎だし、山の上にあって(笑)。でも、キャンパスの雰囲気や学生運動の名残のあるサークル棟とかも好きでした。出版系のサークルでフリーペーパーを作ったり、同人イベントに出展したり、多様性しかない楽しい学生生活でしたね」