古来より、ヒトが経験するストレスとは「天敵に襲われる」といった短期的なものが主体でした。交感神経によって活動性をブーストし、やっつけるにしても食べられるにしても、どのみち一瞬で終わります。

ただ、現代のストレスは過去に類を見ないほど持続的なものに変化しています。実際、ストレスフルな上司を殴って倒したり(闘う)、ストレスフルな仕事や人間関係を投げ出して逃走する、というのはほぼ封じられているに等しいでしょう。

となると、3つ目の防衛反応である「フリーズ」があらわれやすくなる、というのは、実に理にかなっているのではないでしょうか。

「固まる」ことで、やりすごそうとする若者たち

実際、現場感覚としても、ストレッサーに力強く反抗するというよりも、なるべく穏便に、無抵抗で「固まる」ことで、少しでも苦痛を軽減しながらなんとかやりすごす、という防衛を選択する人のほうが増えているように思います。そして、若い人ほど顕著にこの傾向が出ているのではないかと考えています。

「上司や取引先にひどく叱られて、頭が真っ白になり何も考えられなくなった」
「朝、学校や会社に行く時間になると、脱力して立ち上がれなくなる」
「強い悲しみやつらさを感じ、気力を失った」
「人生や将来、今の自分の状況に対してあきらめ、無気力、絶望を感じている」
「自分だけが我慢していればいいと、心を閉ざしてしまう」

これらはいずれも、ポリヴェーガル理論が提唱する、背側迷走神経系の凍りつき(Freeze)の防衛反応のあらわれとしてとらえることができます。

こうした防衛は、苦痛を感じすぎずに逃れるために短期的にはきわめて有効に作用しますが、凍りつきの状態、氷のモードからいつまでも抜け出せないと、社会生活を送るのが難しくなります。

また、この防衛としての氷のモードについてはまだあまり知られておらず、いかにも「気合が足りない」ように見られがちです。不登校の生徒に共通して見られる朝の反応(低血圧、眠気、倦怠感、頭痛や頭重感など)は、背側系の反応そのものなのですが、そうした視点が言及されることは稀です。むしろ、「気合が足りない」と怒られることで、さらに脅威によるフリーズの反応を引き起こすケースが跡を絶ちません。

この観点が欠如していることで、「気力がなくなったり、やる気が起きなかったり、朝起きられなくなったりするのは、メンタルが弱いからだ」と周囲から言われ、自分でも、凍りつきの状態から回復できない自分自身を「ダメな人間だ」と責めてしまい、ますます氷のモードから抜け出せなくなる。

そんな悪循環に陥っている人も少なくありません。

しかし、これらの症状が、決して気合いや根性の問題ではなく、「背側系による防衛反応」である、という神経学的な問題としてもとらえ直せることに、ポリヴェーガル理論の利点があると考えています。