かつて日本では、多くの列車で温かい食事が提供されていました。現在でも、一部の列車でそれを味わうことが可能です。豪華寝台列車などではなく。そのひとつであるJR九州の特急「36ぷらす3」で、それを体験してきました。

多くの列車に備えられていた食堂車やビュフェ

 かつての日本では、多くの列車内で温かい食事がとれました。

 時刻表の1974(昭和49)年10月号を見ると、東海道・山陽新幹線の「ひかり」には食堂車とビュフェがあり(当時「のぞみ」は存在せず)、東京と九州を結ぶ寝台特急はすべて食堂車を連結。

 昼行の在来線特急では、九州の「有明」「にちりん」、中国・近畿地方の「やくも」「はまかぜ」「あさしお」、近畿地方の「くろしお」、北陸方面の「雷鳥」「しらさぎ」、東京と日本海側を結ぶ「とき」「はくたか」「いなほ」、東北方面の「はつかり」「ひばり」「ひたち」、北海道の「おおぞら」「北斗」「オホーツク」などが食堂車を連結していました。

 急行列車でも、中央線の「アルプス」などにビュフェがありました。

 移動しながら食事できる効率性、「流れる車窓」という“調味料”、加えて、その列車らしい地域性を持つメニューが存在することもありました。いまなお駅弁人気は高いように、車内での食事は鉄道旅行が持つ魅力のひとつです。

 ただ、食堂車やビュフェは営業的に効率が良いとは言いがたく、コンビニなど駅とその付近の店舗が充実し、列車の所要時間も短くなるなか、いわば社会的使命を終えて、それらは姿を消していきました。

 とはいえ現在でも、車内でカレーライスなどの温かい食事を楽しめる列車は存在します。乗車への金銭的ハードルが高い豪華寝台特急以外にも、「ちょっとしたぜいたく」レベルで楽しめる列車でです。

 そのひとつを2021年7月、取材してきました。

誘惑する大型冷蔵庫

 九州各地を巡り、その魅力を伝えるべく2020年10月に運行を開始したJR九州の観光特急「36ぷらす3」。この列車には、各地の有名店が提供する料理と乗車がセットになったツアー商品「ランチプラン」「ディナープラン」を購入するほか、一般的な特急列車と同様に駅のみどり窓口などできっぷを買っても、乗ることができます。

 きっぷを買うこの「グリーン席プラン」の場合、有名店の料理は付きませんが、むしろ「それが良い」という人もいそうです。

 特急「36ぷらす3」はビュフェを備え、「九州CRAFT日向夏(ビール)」「平兵衛酢ドリンク」「スコール」といった九州各地の飲料、「缶つま・みやざき金ふぐ油漬け」「あまおうポン菓子」といったおつまみ、スイーツなどのほか、「“うちのたまご”オムライスコンビ」「“うちのたまご”出汁巻きたまご」「五島手延べうどん『七椿』ミニうどん」「『36ぷらす3』オリジナル 黒い鶏カレー」という軽食を提供(たまご系軽食は無い場合もあり)。自分の腹具合や懐具合にあわせて、車内で飲食を楽しめるからです。

 料金も、有名店の料理が付く「ランチプラン」は1万8500〜1万3500円なのに対し、「グリーン席プラン」は8570円と低額(博多〜長崎間の場合)。差額分、ビュフェで豪遊する選択肢もアリでしょう。

 2021年7月、博多駅から長崎駅行きの特急「36ぷらす3」に乗車。ビュフェに入ると、通路の隣に大型の冷蔵庫があり、そこに九州のドリンクがズラリと並んでいました。あえて見せるように商品が置かれているので、入った瞬間に心が躍ります。

 そして術中にはまった私(恵 知仁:鉄道ライター)は、「じゃがたらお春」という長崎のジャガイモ焼酎を手にしていました。カウンターでカップと氷がもらえます。

これはJR九州の「罠」か?

 今回の特急「36ぷらす3」取材では、個室の「ランチプラン」を体験し、「日本料理 ながおか」(福岡市)の非の打ち所がない味に舌鼓を打ったのですが、心残りがありました。

 ビュフェで提供されている温かい軽食です。

 注文してしまいました。「『36ぷらす3』オリジナル 黒い鶏カレー」750円。

 正直、「ランチプラン」の料理は食べ応えも結構あり、胃の中は充ちていたのですが、鉄道ライターとしては、ビュフェも取材せざるを得ません。満腹ながらも、名店の日本料理とは全く違う方向性のちょっと辛めな美味しさが、口の中に広がりました。

 ただやはり、一度の乗車で「ランチプラン」と「ビュフェの食事」を味わうのは、あまりオススメできません。量的に。もう一度乗って、そのときまた味わうのが良さそうです。九州を巡る特急「36ぷらす3」には5コースがあり、その車窓や、体験できる「おもてなし」も違いますし。

 ……このビュフェ、「36ぷらす3」のリピーターを増やすためのJR九州の罠のようにも思えてきました。

満腹でも問題ない場合も

 また今回の取材乗車では、JR九州がそのポイントのひとつに、リニューアルされた「“季節の日本酒”飲み比べセット」1800円を挙げていました。

 幸いながら満腹でも取材できる内容なので、もちろんこれも取材します。「三井の寿 夏吟醸 Cicara」(福岡)、「鷹来屋 特別純米 夏酒」(大分)、「天吹 純米大吟醸 夏色」(佐賀)の三種類が、特製の升とグラスで登場。それぞれに合うおつまみも付きます。

 移動しながら、車窓を“調味料”に、また“おつまみ”にして旅を楽しめるのが、鉄道旅行の魅力。車内で「買い食い」を楽しめる列車はJR九州の特急「36ぷらす3」以外にもありますし、ドリンクとおつまみ、スイーツ程度なら色々な観光列車で味わえます。

 コロナ禍で難しい時代ですが、こうした鉄道の魅力が引き続き楽しめることを願うばかりです。