2021年9月、イギリス空母「クイーン・エリザベス」が横須賀に入港しましたが、今から1世紀ほど前にもイギリスの新鋭艦が来日しています。その名は「レナウン」。かつて一世を風靡した、今はなき有名アパレル企業との関係は。

1世紀前に来日したイギリス海軍の御召艦

 2021年9月4日、軍艦9隻で構成された空母打撃群「CSG21」の中心艦であるイギリス海軍の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」が、アメリカ海軍横須賀基地に寄港しました。排水量約6万5000トンの同艦は、イギリス史上最大の軍艦で、母港はイングランド南部のポーツマス海軍基地。5月27日に同地を抜錨し、以来、訓練航海を続けて極東までやってきました。

 イギリス海軍の主力艦が日本に立ち寄るのは久しぶりのこと。空母に関しては、1997(平成9)年6月の「イラストリアス」以来です。

 イギリスは、直線距離でも日本と1万km近く離れているため、アメリカと比べると来日した軍艦はそれほど多くありません。それでも江戸時代後期以降、たびたび姿を見せています。なかでも、今から約100年前の1922(大正11)年に来日したイギリス軍艦にはとても面白いエピソードがありました。

 当時のイギリス国王はジョージ5世。その長男で後年、アメリカ人の平民女性ウォリス・シンプソンと結婚するために国王就任後わずか325日で未戴冠のまま退位することになるエドワード8世が、プリンス・オブ・ウェールズ王太子(日本でいう皇太子)として来日したのです。

 この時、就役わずか6年ほどの新鋭巡洋戦艦「レナウン」が御召艦となり、エドワード8世を乗せて、1922(大正11)年4月12日に横浜へ到着しました。彼はVIPとして旧日本海軍の軍艦数隻を訪問し、また各地の風物に触れるなどして日本文化を堪能。約1か月後の5月9日夕刻、日本海海戦でロシア海軍バルチック艦隊を打ち破り世界に名を響かせた東郷平八郎元帥に見送られ、再び「レナウン」で離日しています。

戦艦「レナウン」の影響で誕生した一大アパレル企業

 このように、イギリス王室の重要人物を乗せて来日した巡洋戦艦「レナウン」ですが、興味深いのはこの後のことです。当時、大阪に佐々木商会というアパレル企業がありました。創業者の佐々木八十八氏は、「レナウン」の乗組員のセーラー帽に、金糸で縫い取られた艦名のスマートさに注目。以前から新しい社名を模索していたこともあって、翌1923(大正12)年に社名を佐々木商会から「レナウン」へと改めました。その頃は、広告に「昔舶来、今レナウン」などというコピーが使われたといいます。

 これが昭和から平成にかけて一世を風靡したアパレル企業、レナウンの始まりです。

 戦後の1960年代、レナウンは日本の高度経済成長期による追い風に乗って、「ワンサカ娘」や「イエイエ」のコマーシャル・ソングと共に、押しも押されもせぬアパレル業界のトップ企業となっていきました。

 1972(昭和47)年には、傘下のブランドとして「ダーバン」も登場。当時、一世を風靡していたフランスの俳優アラン・ドロンをコマーシャルに起用し、日本を代表する紳士服ブランドとなりました。ちなみにこのダーバンというブランド名も、前出のエドワード8世の来日に起因しています。ダーバンとは、その時に供奉艦として巡洋戦艦「レナウン」に同行してきた軽巡洋艦「ダーバン」にちなんだものだったからです。

時代の荒波に沈んだ日本企業レナウン

 なお、イギリス海軍は第2次世界大戦時、「フッド」「レパルス」「レナウン」という3隻の巡洋戦艦を海戦に投入しましたが、そのなかで生き残ったのは「レナウン」1隻だけです。「フッド」はドイツ戦艦「ビスマルク」との砲戦で1941(昭和16)年5月に轟沈。「レパルス」も同年12月のマレー沖海戦で旧日本海軍の陸上攻撃機部隊の攻撃を受けて戦没しています。

 このように、イギリス巡洋戦艦「レナウン」は第2次世界大戦を生き延びた幸運艦だったのですが、日本企業レナウンは幸運に恵まれたわけではありませんでした。

 1990年代にアパレルメーカーとして世界最大の売り上げを誇ったほど隆盛を極めた同社でしたが、バブル崩壊後はファストファッションの台頭などによって業績は悪化の一途をたどります。

 2010(平成22)年には中国企業の子会社となり、経営再建を図ろうとしたものの上手くいかず、最終的には2020年5月15日に民事再生法の適用を申請するまでに至りました。

 しかし民事再生の場合、再建の後ろ盾となるスポンサー企業の存在が不可欠です。そのような“後見人”といえる企業が姿を現すことがなかったことなどにより、レナウンは同年10月30日に東京地方裁判所より再生手続き廃止の決定を受けます。結果、11月27日に破産手続きの開始が決定され、2021年3月19日に法人としての清算手続きが終了しました。

 巨大アパレル企業レナウンの消滅は、時流といってしまえばそれまでです。しかし、ダーバンのお気に入りジャケットを何着か愛用している筆者(白石 光/戦史研究家)としては、一抹の寂しさを覚えずにはいられません。