銀無垢と2色迷彩、どちらが好み?

開発開始からわずか4年で初飛行に成功

 1953(昭和28)年の5月25日、ノースアメリカン(現ボーイング)が開発した戦闘機F-100「スーパーセイバー」が初飛行しました。

 同機は「スーパーセイバー」という愛称の通り、既存のノースアメリカン製F-86「セイバー」ジェット戦闘機の後継として誕生した機体です。開発は1949(昭和24)年初頭から始まり、2年後の1951(昭和26)年11月にアメリカ空軍とのあいだで正式に試作機と初期量産機の製造契約が結ばれました。

 そして1953(昭和28)年5月25日、試作機YF-100Aがプラット・アンド・ホイットニー(P&W)製のXJ57-P-7ターボジェット・エンジンを搭載して初飛行し、水平飛行で音速の突破にも成功しています。これによりF-100は世界初の超音速戦闘機となりました。

 ただ、初期の機体は垂直尾翼が低く抑えられていたことなどにより、飛行時の安定性が悪いという欠点がありました。また、わずかでも機外に各種兵装を搭載していると、水平飛行時の音速突破は不可能であったことから、あくまでも水平時の超音速飛行は機外に搭載物のないクリーンな状態に限られていました。

 それでも、マクドネル社が開発したF-101「ブードゥ―」やロッキード社が開発したF-104「スターファイター」といった戦闘機よりも安定性が高かったことから、量産されています。

2000機超生産されたものの、採用は4か国のみ

 しかし、F-100「スーパーセイバー」は機首にエアインテイク(空気取入口)を設けた機体構造ゆえに捜索レーダーを装備することができず、加えてその後、より高性能な超音速戦闘機が次々登場したため、アメリカ空軍では対地攻撃がメインの戦闘爆撃機として用いられるようになりました。

 また輸出もあまり振るわず、運用した国は母国アメリカ以外ではトルコ、フランス、デンマーク、中華民国(台湾)の4か国のみに留まっています。

 ちなみに、日本でも航空自衛隊のF-86「セイバー」戦闘機の後継となる次期戦闘機(F-X)の候補にF-100が挙がったことがあります。ただ、このときはF-104「スターファイター」戦闘機が採用されたため、機体に日の丸を描くことはありませんでした。

 F-100「スーパーセイバー」の総生産数は2294機。最後まで運用していたのは台湾空軍で、1988(昭和63)年に最後の機体が退役しています。