お抱え運転手が偉い人を運ぶショーファードリブンとしての「ミニバン」。レクサスが発表した新型「LM」は、ある意味ミニバンの究極の形といえるでしょう。欧米の価値観からすればあり得ない発想は、なぜ生まれたのでしょうか。

ウン千万円の最高級ミニバン 欧米からすれば「あり得ね〜」?

 2023年4月に中国で開催された上海モーターショーで、レクサスの新型「LM」が世界初公開されました。「LM」は、いわゆるミニバン、しかも高級で、お抱え運転手がオーナー様を運ぶというショーファードリブンに使おうというクルマです。

 LMは2020年から先代モデルが中国やアジア地区で発売されると、すぐに人気モデルになりました。そして、その人気をより確かなものとするべく投入されたのが新型モデルと言えるでしょう。

 新型「LM」は、ボディサイズを拡大(全長+85mm、全幅+40mm、全高+10mm)しつつ、乗り心地、静粛性、快適性などを向上しているといいます。パワートレインには、2.4リッターターボと2.5リッターのハイブリッドを搭載しており、新型「クラウン(クロスオーバー)」と同じ内容であるようです。

 発表された中国での価格は、日本円にして1800〜2400万円相当。ショーファードリブンにふさわしい値付けとなっていました。

 個人的に思うのは、こうしたミニバンをショーファードリブンにするのは、いかにも日本車ならでは! ということです。欧米で、ショーファードリブンといえばセダンが常識。また、「ミニバンは商用車」というのも根強い考えです。

 実際に、欧米のミニバンは、ほぼすべてが商用車をベースに作られています。そして、乗用車仕立てになっていても、乗ってみると表面こそきれいになっていますが、中身は商用車そのままというのがほとんど。そんなミニバンを、違いの分かるセレブのためのショーファードリブンにするなんてあり得ない……それが欧米の常識でしょう。

 一方、日本は違います。まず、ミニバンの出来がとんでもなく良いのです。

 そもそも日本のミニバンは商用車ではなく、最初から乗用目的で開発されています。そのため、床が非常に薄く作られており、室内の床面もきれいに平らになっています。室内も広々としているうえ、走りも乗用車として洗練されていて、静粛性も優秀。さらに2列目や3列目のシートを自由自在に動かし、そしてきれいに収納できるようになっています。また、スライドドアは電動スライドドアも普及していますから、女性や子供でも楽々と扱えます。端的に言って、日本のミニバンは世界最高レベル。これは間違いありません。

すでに普及していた「ショーファードリブン」としてのミニバン

 乗用車としてレベルが高いのですから、それをショーファードリブンに使うのだっておかしな話ではありません。実際に、日本ではハイヤーなどにミニバンが利用されるだけでなく、リアルに偉い人の移動用に使われることも珍しくなくなっています。つまり、日本におけるミニバンのショーファードリブンは、すでに普及しているのです。

 これも後席を利用する立場になって考えてみれば当然のこと。同じ豪華な内装であれば、狭いセダンよりも広いミニバンの方がいいでしょう。もちろんセダンの方が格式という点では上をゆきます。ですから、天皇陛下などはセダンの「センチュリー」を利用しています。しかし、そこまで格式を重視しないのであれば、快適なミニバンのショーファードリブンを選ぶという人がいても、これも当たり前の話でしょう。

 では、なぜ日本だけミニバンの高級化が進んだのでしょうか。その理由として考えられるのは、国ごとの交通や生活環境の違い、それから醸成されるクルマ文化の違いではないでしょうか。

 欧州は、クルマの普及が早くから進み、都市を結ぶ高速道路も早い時期に整えられました。その結果、速度無制限のアウトバーンを擁するドイツを筆頭に、高い速度でのクルマの移動が実現しています。そのため、欧州車はおしなべて、高速走行の性能に優れたものとなっています。背が高く、人や荷物をたくさん積むミニバンは、高速で走ることが苦手です。このためミニバンを乗用車として使う文化は、なかなか育つことが難しかったはずです。

 また、世界でも早い時期に自動車が普及したアメリカは、いまやクルマは一人一台を所有するもの。多人数乗車を求めるユーザーは、ごく一部に限られます。そんな状況では、やはりミニバンを乗用車として使う文化は育まれません。

 一方、日本は欧米と状況が異なります。クルマの移動速度は欧州よりも遅く、またクルマは未だ一家に一台が主流。つまり、家族みんなで乗るものです。小さな子供と外出するときは荷物が多いため、クルマの室内空間は広ければ広いほど助かります。

ミニバン先進国ニッポン 30年の集大成としての「LM」?

 そうした日本ならではの背景をもとに、1990年代に最初から乗用目的に開発されたトヨタ「エスティマ」や、ホンダ「ステップワゴン」などが誕生して、ヒット車となります。また、日産「セレナ」などの商用バンを乗用車に仕立てなおしたミニバンも数多く生まれました。日本では、もう30年ほども前からミニバンを乗用車として利用する文化が生まれていたのです。

 ジャンルの人気が高まり、ライバルが数多く生まれ、切磋琢磨されれば、当然、そのジャンルの技術的レベルも高まります。そして商品力が高くなれば、さらに売れるようになる。そんな正のスパイラルにより、気が付けば日本はミニバン天国となっていました。2022年度の新車販売ランキングを見れば、それは明らかです。

 年間で最も数多く売れたのは、約29万7000台のホンダの軽自動車「N-BOX」でした。これは2列シートではありますが、背が高く、両側スライドドアを備えた、言ってみれば小さなミニバンです。さらに登録車のベスト10を見ると、4位にトヨタ「ルーミー」、5位「シエンタ」、6位ホンダ「フリード」、8位トヨタ「ノア」、9位「ヴォクシー」と、5台が両側スライドドアを備えたミニバンです。

 このようにミニバン先進国と言える日本の目線で言えば、ショーファードリブンのレクサス「LM」に違和感を持つ人は少ないはず。

 では、レクサス「LM」が販売される中国やアジア地区ではどうでしょうか。

 これも状況としては、欧米よりも日本に近いと言えます。まず、中国をはじめアジア地区は、どこも渋滞が慢性化しており、その移動速度は、どこも遅いのが特徴です。また、クルマの普及の歴史は浅く、まだまだクルマは高額商品であって、一家に一台がようやく。そのためミニバンは、もともと人気の高いジャンルでした。

 特にインドネシアは、昔からお抱え運転手付きのクルマとして、現地生産されたトヨタ「イノーバ」や「アバンザ(ダイハツ・セニア)」が最も数多く売れるクルマになっています。

 そういう意味で、レクサス「LM」の中国&アジア地区への投入と、そのヒットは当然。むしろ、必然だった言えるのではないでしょうか。この秋には日本にも導入が予定されており、ヒットモデルになる可能性は大。来年以降、数多くの「LM」を街で目にすることになるはずです。


※誤字を修正しました(5月11日17時06分)。