■「助けてプーチン」…見捨てられる人びと

しかし、プーチン大統領がすべてを解決してくれるという「幻想」の効果が持続するのは、プーチン大統領が本当にロシアの人びとに向き合える間だけだ。
国営メディアの主張を受け入れてきた人たちも、プーチン大統領にすべてを委ねてはいられないことに気づきだしているとドゥンツォワさんは指摘する。

私たちは今、水害、洪水、ダムの決壊を目の当たりにしています。
真冬にはクレムリンから 40 km の場所で、焚火で暖をとらなければならないのです。
21世紀の時代にこんなことが起こるのはナンセンスです。 人びとは、誰も自分の話を聞いてくれていない、見捨てられたと感じています。
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洪水に苦しむオルスクの住民が助けを求めて抗議(ナワリヌイ氏陣営のXから)

4月、ロシア南部を襲った洪水は、甚大な被害を出している。
ロシア南部オレンブルク州のオルスクでは4月5日夜にダムが決壊、一夜にして数千人が避難を余儀なくされた。

8日午後、治安部隊の警告にもかかわらず、数百人の住民がオルスクの市庁舎近くの広場に集結した。洪水被害への支払いが少ないことに不満を示し、「恥を知れ」とシュプレヒコールを上げた。

そして同時に「助けてプーチン」と呼びかけた。しかし、具体的な救いの手はないまま被害は拡大し続け、水が引いた後も飲み水の確保も困難な状況が続く。

4月21日には、「夫は戦死した。なんのために死んだんだ。お前の息子は動員を逃れドバイで暮らしている」と地元の首長に怒りをぶつける女性の動画が一気に拡散した。

ドゥンツォワさんが指摘するように人々は「見捨てられた」と感じはじめている。
ウクライナへの侵攻の影で様々な国内問題が放置されることで、「プーチン神話」は崩れ始めているともいえる。

■「責任を分かち合い、支援し合う」地方自治の復活

「ラススベート」は、「見捨てられた」と感じる人びとに意識的に寄り添う。

地域支部は、洪水被害者にむけた募金活動をし、避難所向けのマットレスやシーツなど支援物資を即座に届けた。
プーチン大統領に頼るのではなく、地域住民が連帯して自分たちでどうにかして事態を乗り切ろうとする動きを後押ししているのだ。

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洪水の被災地に支援物資を届けた(ラススベートのテレグラムから)

本来ならば、地方自治体がこうした支援の中核となるはずだが、ロシアではほとんど機能しない。プーチン氏が自らに権力を集中させるために中央集権化を図り、首長の任命制の導入など制度的に議会や地方自治を形骸化させてきたからだ。
ドゥンツォワさんは、2019年から2022年にかけて地方議員を務め、地方自治体の形骸化の現実を目の当たりにしている。

長年にわたり地域住民は、主導権を失ってきました。
いま、私たちが地域コミュニティに集まって意思決定を行うのは特殊なケースでしょう。「ラススベート」は、自発性と責任を重視し、同じ志を持った人同士で、責任を分かち合い、支援しあいます。
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地域の清掃活動で集まる「ラススベート」の参加者

「ラススベート」は、ほかにもバシキルやタタールといった地域ではそれぞれの民族の言語教育の拡充を訴える住民に耳を傾けるなど、さまざまな地域の課題に目を向け、解決策を住民たちと探っている。

プーチン大統領に権力を集中させ解決策をゆだねるのではなく、自分たちで問題を解決しようと努力する姿勢は、地方自治の復活につながる。

いいかえれば、全国に支部を持つ「ラススベート」の創設は、プーチン氏が自らの支配を確立するために20年以上かけて形骸化した社会の中間組織を復活させる試みでもある。

■「トップを変えるだけでは何も変わらない」

ロシアでは、いまの中央集権体制が変わらない限り「プーチンがいなくなってもまた別のプーチンが現れる」ともいわれる。
そんな悲観的な予測を打ち消すには、少しずつでも社会構造を変えていくしない。

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5月1日 「ラススベート」の設立大会

ドゥンツォワさんによると、「ラススベート」の参加者で最も目立つのは若者だが、親子で参加したり、祖父母世代の高齢者もやって来たりするという。
普段、国営メディアしかみないような高齢者が、ラススベートのことを知り集会にやってくるのは、子どもや孫から情報を聞いてのことだという。まさに個人の活動が家族、周辺へと広がっている。

ドゥンツォワさんは、自分自身が変わり、周辺を変えていくことで今のロシア社会を変えていきたいと力を込める。

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ドゥンツォワさんは人々をつないでいきたいと話す
トップを変えるだけでは何も変わりません。
変化は私たち一人一人から始めなければならないのです。

それは少しずつです。
私から、家族へ、お隣さんへ、建物全体へとどんどん広がっていきます。

プーチン大統領に挑んだ反戦候補が語る(前編) 新党結党を後押ししたロシア国民の声