8月19日(金)に放送された「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、ガイア20周年企画 第5弾「異端児 日本の危機に立ち向かう!」。
「ガイアの夜明け」20年の歴史を紐解くと、業界の常識に捉われない、知られざる創業者がいた。日本を襲う大きな危機、資源価格高騰と新型コロナに立ち向かう"異端児"の今を追跡取材した。

コロナ禍でナンバーワン「挽肉と米」山本昇平


朝8時半、東京・吉祥寺。「挽肉と米」の店前には、11時からのランチの整理券を確保するため、行列ができていた。なるべく近くの人に来てもらうため、ネットや電話では予約を受け付けていない。中には、「家を出たのが6時半。千葉県の八千代市から来ました」というご夫婦も。

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11時のオープン。ここのメニューはたった一つ、ハンバーグにご飯、味噌汁がついたセット、「挽肉と米」(1500円)だけ。

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この店のこだわりは、挽きたて、炊きたて、焼きたての「3たて」。
1つ目は「挽きたて」で、国産牛100%を毎朝店内でその日の分だけ挽いて成形。
2つ目は、「炊きたて」で、時間をずらし羽釜で炊き上げるご飯は、おかわりし放題。
そして3つ目、最もこだわっているのが「焼きたて」で、炭火を使い、最初は強火で一気に焼き目をつけ、後は中火でじっくり中まで火を通し、ベストなタイミングを見計らってお客さんに提供する。

どれだけ早いか測ってみると、食べ頃と見極めてから、わずか2秒ちょっとで目の前に。常に熱々で食べられるよう、1個90グラムずつの小ぶりのハンバーグを、3回に分けて出してくれる。
最初の1つはそのまま食べるのがおすすめだが、その後は生醤油、青唐辛子、にんにく、麻辣など6種類の薬味で味の変化を楽しめる。生卵も1つまでは無料だ。

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吉祥寺と渋谷の2店舗あり、このライブ感あふれる店舗づくりと、これまでになかった食の体験が、足を運びたいと人気に。
この繁盛店をつくったのは山本昇平さん(40歳)。コロナ禍で最も成功したお店と評価され、2021年、記者による投票で決まる「外食アワード」を受賞した。

山本さんは「コロナだから行かない方がいいとかネガティブな要素は色々あるけど、そこのお店に行きたいという思いが強ければ、どんなネガティブも乗り越えていく。本質的には自分たちがいかに良い店をつくるかに尽きる」と話す。

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実はガイアでは17年前の2005年、山本さんの原点となる瞬間を目撃していた。
入社2年目、当時23歳の山本さんは、勤めていた外食チェーンの独立支援制度を使い、退職して自分の店を出すことを決断。この時つくったのが、「俺のハンバーグ山本」だ。
山本さんはオープン前の決意表明で「100年続く、100年愛される店をつくりたいと思います」と話していた。
その後、山本さんの店以外にも「俺の〜」と名乗る店が乱立、ブームの火付け役に。

あれから17年、本家の店名からは「俺の」が取れ、「山本のハンバーグ」になっていた。
「看板で来るのは1回だけ。この名前でお客さんが来ていると思っていたが、変えても一切減らなかった。結局看板ではない、体験が良いからまた来ようとなる」と山本さん。

17年かけ19店舗と堅実な店舗展開を遂げている「山本のハンバーグ」。
そして新たに繁盛店「挽肉と米」を仲間たちとオープンさせた山本さんは今も、
「100店舗あることよりも、一つの店舗が100年続く方が難しいしかっこいいと思っているので、一つひとつの店を大事に。店が長生きするようにつくっていきたい」。

7月、鹿児島。そんな変わらぬ想いを持った山本さんに新たな依頼が舞い込んだ。
取引先でもある肉の専門業者「カミチク」会長の上村昌志さんの直談判により、鹿児島に初めて「山本のハンバーグ」を出店することに。場所は、南九州一の繁華街・天文館。コロナ禍で経営が厳しくなり、ここでもシャッターを下ろす飲食店が後を絶たないという。そんな中、山本さんは、新店舗の店長を地元の26歳の青年・君野純太さんに託そうというのだ。「若いうちに経験できるのはプラスでしかないので、若い子がチャンスや夢を目指せる...そういう環境をつくっていきたい」と山本さん。

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そして8月10日、「ガイア」のカメラが、新店舗のオープンに密着取材した。



資源を確保せよ!「レアメタル王」の再挑戦 中村繁夫


世界的な脱炭素の潮流の中で、その中心とも言えるEV=電気自動車。EVなどのハイテク製品では非常に多くレアメタルは使われているが、日本ではほぼ取れず、多くを輸入に頼っている。ロシアによるウクライナ侵攻で資源価格が高騰する中で、レアメタル価格も暴騰。日本はレアメタルの多くをロシアにも依存している。これをどう確保するのか...この日本の危機に立ち上がったのが、2004年に取材したレアメタル専門商社の元社長・中村繁夫さん(現在74歳、当時は56歳)だ。

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当時の中村さんは単身で資源国に乗り込み、誰も行けないような秘境の鉱山に潜り込み、世界の誰よりも先にレアメタルを獲得して日本に輸入していた。「日本のチタン輸入量の3分の1から半分は僕が入れた」と話す。

今回番組は、京都で暮らす中村さんと18年ぶりに再会した。自宅を兼ねた庵の名は「智探庵(チタンアン)」。パネル1枚1枚がレアメタルの1つの純度100%チタンが使われている。

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実は中村さん、10年前にがんになり、人生観が大きく変わったという。レアメタル専門商社の役職を辞して僧侶になり、去年も1年の半分は入院生活。のんびりと引退生活を送っていた。

しかし、そこに思いがけないことが起きた。ロシアによるウクライナ侵攻だ。
「戦争になったりダメになったらみんな逃げていく。僕は逆にそういう時に興味を持つ。最悪の時に自分でやってみたいと思う。きれい事を言うわけじゃないが、今回の目的は、本当に日本の国益になるような仕事」と意気込む。

6月30日、中村さんは5年ぶりに中央アジア「キルギス共和国」に乗り込んだ。キルギスは、旧ソ連の軍需産業を支えてきた地下資源の宝庫で、人々のトレードマークは金歯。金が豊富に採れるため、金歯が富の象徴なのだ。

今回の旅は全て成り行き任せ。かつてのつてを頼ってやってきたのは、キルギスの資源開発を司る「天然資源・環境・技術監督省」だった。トップのカルパエバ・アイシャー長官は、筑波大学に2年間留学した経験を持っていた。
「私は日本でいろんな鉱山を訪問し、日本企業が最小限の環境負荷で開発しているのをこの目で見ました」と話し、中村さんに国営の鉱山会社を紹介すると提案。中村さんは長官から全面協力を得ることに成功した。

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中村さんはその足で、鉱山を管理する国営会社「キルギスジオロジー」へ。トップのムラトフ局長は、「我々はリチウム鉱床を確保し、日本からは設備と資金の支援をもらい、共同開発しましょう」と提案。キルギスには、電気自動車の電池に使うリチウムが豊富にあるが、ほとんど未開発だというのだ

その翌日、打ち合わせをした国営会社の幹部の一人が中村さんを迎えにやってきた。首都・ビシュケクから車を走らせること4時間。かつては鉛を産出していたクテサイ鉱山に到着した。露天掘りが進んだ鉱山跡を、昔と同じように自らの足と目で見て回り、現場の声を聞いた中村さんは、ある決断を下す。そして、この決断力の速さが、驚きの展開につながっていく。

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