jikkuri_20220813_01.jpg【配信終了:2022年8月18日(木)】

売れっ子から懐かしのスターまで、芸能人が驚きの近況を報告する番組「じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告」(毎週木曜深夜0時放送)。8月11日(木)の放送は、「じっくり民を性に目覚めさせたセクシーラブコメ漫画家SP」。「まいっちんぐマチコ先生」を描いた漫画家・えびはら武司が、お色気漫画の金字塔を築き上げたヒット作誕生秘話を大暴露!

お色気満載のストーリーで漫画もアニメも大ヒット


多くの男子に性への興味を目覚めさせ、1981年にはアニメ化もされた漫画「まいっちんぐマチコ先生」。作者であるえびはら武司先生は、「ドラえもん」や「パーマン」「キテレツ大百科」などで知られる藤子・F・不二雄先生のアシスタントを経て1980年に「マチコ先生」の連載を開始。「まいっちんぐ」の決めゼリフとお色気満載のストーリーで漫画もアニメも大ヒットし、コミック全8巻は累計280万部以上の売り上げを記録した。1冊440円の10%が印税として入ったと計算すると約1億2320万円を稼いだことになる。連載時に小学生だったMCの名倉潤は「まいちんぐ」に興奮したとか。

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編集者から藤子・F・不二雄先生が描かないような世界を描かないとダメだと言われたえびはら先生は、「F先生は健全な路線の作品が多いので不健全でいいなと思った」とお色気路線へ。F先生は元アシスタントが頑張っているということで喜んでいたとか。


えびはら先生は「マチコ先生」を描く際に、ある作品からインスパイアを受けたという。それは永井豪先生の「ハレンチ学園」。この作品では"スカートめくり"が劇中に出てきてブームになったが、同じことをやっても人気が出ないとお色気部分をグレートアップ。スカートより上の"ボインタッチ"にし、「まいっちんぐ」の決めゼリフを入れるというお色気三段活用が功を奏し「マチコ先生」は人気作品になった。

実は、えびはら先生はデビュー前にF先生のアシスタントになりたいと売り込みに行った際、最初は「やめておいた方がいいよ。漫画は自分で楽しく描いていた方が楽しいよ」と断られたという。当時のF先生は「オバケのQ太郎」や「パーマン」以降ヒット作に恵まれていなかった頃だったのだ。

しかし、えびはら先生が「『21エモン』と『モジャ公』が大好きです」と言った途端にF先生の顔色に変化が。自身がお気に入りだった作品を好きだと言ってくれたことで喜んだF先生は、アシスタントになることを許してくれたという。こうしてF先生の専属アシスタントになって後、「ドラえもん」がコミック化されて人気に火が付き、やがて世界中で愛される名作となった。

えびはら先生がアシスタントになった一時期、藤子・F・不二雄先生と藤子不二雄○A先生は同じ仕事場で漫画を描いていた。間近で見ていたからこそ分かった両先生の違いとは?

F先生はギャグ漫画、コミカルな作風の作品が多いが、ご本人はいたって真面目で「面白くも何ともなかった」とえびはら先生。対して、○A先生は「笑ゥせぇるすまん」や「魔太郎がくる!!」のようにブラックユーモアあふれる作品やおどろおどろしい作品を描いていたが、めちゃくちゃ明るい人だったという。

また、F先生は仕事を淡々とこなしていくタイプ。○A先生は気が向かないと描かない“遊ぶために漫画を描く”というタイプで、ゴルフに行ったり、夜は漫画家と飲みにいったりしていたが、締め切りの日にはちゃんと原稿が出来上がっていたという。

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ちなみに、「ドラえもん」で毎回登場するひみつ道具は基本F先生が1人で駅前の喫茶店で考えていたそうだが、時にアシスタント同士の雑談をヒントに生み出すことも。その時には情報料として100円をくれたという。F先生は何かあると100円をくれたそうで、アシスタント同士でなぞなぞを出し合っている時にも「答えを教えて」と100円くれたことがあったとか。

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