【平成サッカー30年の軌跡】 平成16年/2004年 アジアで伝説となった男たち

【平成サッカー30年の軌跡】 平成16年/2004年 アジアで伝説となった男たち

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。

世の中の流れ


2004年、MLBのシアトル・マリナーズで活躍するイチローがリーグの1シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新し、注目を集めた。

■災害の多かった1年
 平成16年(2004年)は自然災害が数多く起こった1年でした。日本では、マグニチュード6.8、最大震度7の新潟中越地震が起こります。最大震度7を観測するのは平成7年(1995年)の阪神淡路大震災以来となり、観測史上2度目の大地震となりました。

この地震は直下型地震ということもあり、幹線道路の亀裂やライフラインの断裂など起こり、復興に多くの時間を要しました。これによりJリーグでも新潟を本拠地とするアルビレックス新潟の試合が延期される等、様々な影響を及ぼしました。

また、海外でもスマトラ沖地震が発生。津波による大規模な被害が起き、14ヵ国以上で22万人の死者を出す大惨事になります。

また、この年に日本で新紙幣が発行されます。1,000円札に印刷された肖像が夏目漱石から野口英世に、5,000円札は新渡戸稲造から樋口一葉にそれぞれ変更されました。特に樋口一葉は、明治時代の紙幣に印刷されていた神功皇后以来、実に123年ぶりに女性として紙幣の肖像に採用され、話題になりました。

その他には、「鳥インフルエンザ」が日本国内で79年ぶりに発生し、日本中の注目を浴びます。また、高性能の携帯用ゲーム機であるソニーの「PSP」、任天堂の「ニンテンドーDS」が発売され、ゲーム機市場は新時代へ移行していきます。

スポーツ界では、メジャーリーグ、マリナーズのイチローが、1シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新。最終的に、それまでの記録を5本上回る262安打という記録を打ち立て、メジャーリーグの歴史にその名を刻みました。




サッカー界

アジアカップ2004で日本代表の守護神・川口能活選手が伝説となった。

■伝説となったアジアカップ準々決勝
 この年、アジアカップ2004が中国北京で開幕します。このアジアカップは、選手個人の判断、そして創造性を掲げてチームの強化を図ってきたジーコJAPANの実力が試される大会となりました。

グループステージを突破し、準々決勝、ヨルダン戦に駒を進めた日本でしたが、この試合は90分で決着が付かず、PK戦に突入します。ところが、日本の1番目のキッカー中村俊輔、2番目のキッカー三都主アレサンドロが相次いでボールを枠外に外してしまうというまさかのアクシデントが発生。日本は絶体絶命のピンチに陥ります。ここで日本代表キャプテン、宮本恒靖(現ガンバ大阪監督)が行動を起こしました。

日本の2人が外したのはペナルティスポット付近の芝の状態が悪いからであるとして、エンドを変更するように審判に抗議したのでした。現にPKをミスした2人は両方とも左利きであり、蹴る瞬間に軸足を置いている芝がそのまま滑ってしまっていることは明らかでした。抗議の結果、キャプテン宮本の主張は認められ、エンドが変更されます。

この行動は不穏だった流れを大きく変えます。依然として日本はピンチの状況であった日本でしたが、炎の守護神・川口能活が躍動します。あと1本でも決められたら敗退が決定というプレッシャーのかかる場面で、神がかり的な反応と集中力を見せ、セーブと相手のミスを含め、なんと4人連続シャットアウト。日本は残りのキッカーがしっかりと決めて勝利し、川口の活躍とともにこの試合は日本サッカー史、そして大会史に残る伝説となりました。

■成長の実感が見えた連覇達成

完全アウェーの中国との決勝を制した日本がアジアカップ連覇を果たした。

 準決勝でもレバノン相手に4-3という激闘を制すと、決勝では開催国である中国と対戦します。完全アウェーの中、試合前の国歌斉唱では、「君が代」が流れると中国サポーターから大ブーイングが起こるなど、異様な雰囲気の中で試合が行われました。

試合が始まると前半、日本がセットプレーから先制するも中国も負けじと同点に追い付きます。その後もホームサポーターの声援を受けた中国の猛攻を受けますが、またしても日本の守護神川口能活がファインプレーを連発し、ピンチを救います。すると後半に、またしてもセットプレーから日本が勝ち越すと、試合終了間際には、カウンターから玉田圭司が抜け出して止めの3点目。3-1で中国を破り、2000年に続き、日本がアジアカップ2連勝を達成したのでした。

しかし、試合後、中国サポーターがスタジアムの周りで暴動を起こし、日本行使が乗った車の後部ガラスが割られる等、後味の悪い大会となってしまいました。

とはいえ、ジーコが目指してきた選手の個性を活かし、自分で考えるサッカーがチームに浸透してきている実感、そして自分たちのスタイルが通用するという、確信を持つ事に繋がる非常に大きな大会となりました。


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