1.「型破りな逃げ馬」ダイタクヘリオス

「逃げ馬」を表現するとき、どのような言葉が使われることが多いだろうか。一頭だけ前に出てそのまま歩みを止めない姿を表現する手法には、語り手のセンスが問われるように思う。私が感銘を受けたのは、文筆家・寺山修司が1965年のダービー馬キーストンについて書いたエッセイにおける以下の一節である。

タマミのような激しさ、ベロナのような華麗さ、そしてヒシマサヒデのような迫力はなかったが、(キーストンには)盗みを働いた少年が青野を必死で逃げていくような、言葉につくせぬような悲劇的なムードが漂っていたのである。

──寺山修司「黒鹿毛の詩」(『競馬への望郷』角川書店、1979)より引用、括弧内筆者

様々な逃げ馬それぞれの個性を端的に書き分けるところに「言葉の錬金術師」と呼ばれた寺山の神髄を見る思いがする。そして、この寺山による逃げ馬の類型は、現代競馬を見ていても当てはまるのではないだろうか。例えば、菊花賞・天皇賞(春)・宝塚記念を勝ったタイトルホルダーの逃げには「迫力」という言葉がしっくりくる。ドバイターフとサウジカップを逃げ切ったパンサラッサには「華麗さ」が似合う。また、「悲劇的」といえば、多くの競馬ファンはサイレンススズカの大逃げを連想するだろう。改めて寺山の慧眼に感心するところだ。

しかし、この寺山の類型に当てはまらない馬が私には一頭思い浮かぶ。それが本稿の主役・ダイタクヘリオスである。マイルチャンピオンシップを連覇し、90年代を代表する逃げ馬として名を馳せたダイタクヘリオスだが、その走りに「激しさ」「華麗さ」「迫力」「悲劇」といった言葉はしっくりこない。それはなぜだろうか。そもそも、ダイタクヘリオスはどのような馬だったのか。ライター・吉川良氏がヘリオス産駒のダイタクヤマトについて書いたエッセイから次の一節を紹介したい。

ダイタクヤマトのおじいちゃんはね、皐月賞でな、めちゃくちゃ強かったシンボリルドルフの2着だったビゼンニシキというんだ。おとっつぁんはダイタクヘリオス。これまた強かったぞ。強いのにな、ときどき気分が乗りすぎてバカ負けしたりして、常識ではおさまらないキャラクターで人気だった。ダイタクヘリオスはタネ馬になって、けっこう走る馬を出したんだが、ちょっと地味でね。それがさ、ダイタクヤマトがGⅠを取って、ヘリオスまで見直されているのはいいことだよ。

──吉川良「16頭立て16番人気のGⅠ馬」(『人生をくれた名馬たち1』アドレナライズ、2016)より引用

ダイタクヘリオスは強さは認められているけれども気分が乗りすぎると大敗してしまう馬。三冠馬の「二番手」の血統から生まれた「常識では収まらない」型破りな競走馬として愛されていた。そうなると、単純な類型でこの馬を語る試みは難しいことになる。

そこで、視点を変えて、Cygamesが制作するメディアミックスコンテンツ『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するダイタクヘリオスを見てみたい。ウマ娘たちは作中で「名馬の名と魂」を継ぐ存在として描かれており、そのキャラクター性にはモデル馬の性格やエピソードが活かされている。『ウマ娘』公式サイトにおけるダイタクヘリオスの説明には、

とにかくなんでも楽しもうとする彼女の周りには、いつだって最高のグルーヴが生まれている。

──「ダイタクヘリオス」(『ウマ娘 プリティーダービー』公式ポータルサイト)より引用

という一節がある。「楽しもう」をモットーとするキャラクターとして描かれているダイタクヘリオス。この点を声優を務める山根綺さんの言葉を踏まえてもう少し考えてみよう。

トレーナーさんや周りのみんなは
ややちゃんは、まんまヘリオスみたいだねって言ってくれるのですが、
多分本当は、全然違うんです。
底抜けに明るい彼女が、私を引っ張って元気にしてくれて、
私の性格を変えてくれたんです。
どんなに辛くても、楽しい気持ちが一番大切。
楽しいを忘れなければ、どんなことも乗り越えられるから、
だから目一杯楽しめ!!!!って、
ヘリオスが私に教えてくれました。

──山根綺Instagram(yaya_usap)、2023年1月30日の投稿より引用

ライブイベントなどでパフォーマンスする姿がダイタクヘリオスに瓜二つだとしてトレーナー(『ウマ娘』のプレイヤー)から高い評価を得ている山根さん。特に主役を務めた舞台『Sprinters'Story』における熱演には、SNSでも「リアルヘリオス」などの感想が多く見られた。しかし、山根さん自身はヘリオスが「底抜けの明るさで引っ張って元気にしてくれた」と語り、「楽しさ」を与えてくれる存在としてヘリオスを捉えているのである。演じているキャストさえも「明るさで引っ張る」と感じるヘリオスのキャラクター。これは吉川氏が語る競走馬ダイタクヘリオスの「人気」に通底すると言えるかも知れない。すると、なぜ「楽しさ」を与えるキャラクターとなったのか、という問いがダイタクヘリオスという名馬を語る上で大切な視点になるだろう。本稿では、この問いについてダイタクヘリオスの競走生活を振り返りながら考えてみたい。

2.「恋物語」の主役として

吉川氏も述べるように、ダイタクヘリオスの父はビゼンニシキ。NHK杯など重賞3勝の強豪馬であり、皐月賞では「皇帝」シンボリルドルフの2着になった馬である。母系にも二冠馬カブラヤオーがいる血統(ヘリオスとカブラヤオーの祖母が同じ)で、2歳(旧3歳)時にはGⅡデイリー杯3歳ステークスで4着、GⅠ阪神3歳ステークスでも2着するなど、ヘリオス自身もクラシック候補として嘱望された。ところが生来のかかり癖から皐月賞トライアルのGⅡスプリングステークスを11着と惨敗すると、陣営は短距離路線に舵を切る。するとGⅢクリスタルカップ1着、GⅡニュージーランドトロフィー2着など結果を残し、当時は12月に施行されていたGⅠスプリンターズステークスでは3歳(旧4歳)馬最先着となる5着に食い込んでみせた。そして古馬となって大きなタイトルを、と期待された1991年シーズンが始まる。

緒戦の淀短距離ステークスを叩いて挑んだのはGⅡマイラーズカップ。好位追走から上がり最速の末脚を繰り出し、古馬重賞初挑戦初勝利を飾った。ちなみに1991年のマイラーズCは当時施行されていた阪神競馬場が工事に入っていたため、「マイラーズ」を冠しながら中京芝1700mという変則的な条件である。マイルより長いレースでも好走できるポテンシャルが、ヘリオスのローテーション、ひいてはこの後の「出逢い」に大きな影響を及ぼす。

さて、マイラーズCを勝ってそのまま重賞連勝となれば良かったのだが、次戦のGⅢダービー卿チャレンジトロフィーは逃げて4着、GⅡ京王杯スプリングカップは控えて6着と安定しない。その中で迎えたのが春のマイル王決定戦・GⅠ安田記念であった。「芦毛の怪物」オグリキャップとも死闘を繰り広げた1番人気バンブーメモリーを筆頭に猛者が集ったこのレースに10番人気の伏兵として出走したダイタクヘリオスは、5番手追走から直線で先行馬を交わして先頭へ。GⅠのタイトルに手が届くところまできていたが、上がり最速の末脚を使ったダイイチルビーに差し切られた。ここからダイタクヘリオスとダイイチルビーの「縁」が始まることとなる。

不良馬場に泣いたGⅢCBC賞5着を挟んで出走したGⅡ高松宮杯はダイイチルビーとの再戦となった。しかし2400mのオークスでも掲示板に入ったルビーとは異なりヘリオスに2000mは長いように思われ、ルビーが1番人気、ヘリオスが5番人気と差があった。しかし、ヘリオスは2番手追走から早仕掛けで先頭に立つという戦術でルビーの末脚に対抗。距離延長の一戦にてハナ差で雪辱を果たすことに成功した。

しかし、秋は緒戦の毎日王冠は逃げて2着、続くスワンステークスも先行策を採るもののケイエスミラクルとダイイチルビーによるクビ差の激闘から1秒離された9着と、GⅡ2戦で勝てないまま秋のマイル王決定戦・GⅠマイルチャンピオンシップに臨むこととなる。ルビーとミラクルが単勝一桁台のオッズの中、ヘリオスは11.8倍の4番人気。しかし、レースでは岸滋彦騎手の好騎乗によって逃げ脚が炸裂。2着のルビーに2馬身半差をつける快勝を見せた。そして年末には適距離からは遠いGⅠ有馬記念でも5着と健闘。充実の4歳シーズンを終えた。

しかし、1991年のヘリオスは「GⅠ馬」とは異なる視点で語られることが多い。それは「恋物語」の主役としてである。ダイタクヘリオスが好走するレースには決まってダイイチルビーがいる。この巡り合わせをラブコメディとして仕立てたのが、おがわじゅり氏の漫画『馬なり1ハロン劇場』だった。ヘリオスは「皇帝の二番手」ビゼンニシキの仔、ルビーは名種牡馬「天馬」トウショウボーイと二冠牝馬ハギノトップレディの間に生まれた超良血。血統的に不釣り合いな2頭の物語は競馬ファンの間で評判になり、競馬ゲーム『ウイニングポスト』では父ダイタクヘリオス・母ダイイチルビーの「ファーストサフィー」という架空の馬が登場するほどであった。『ウマ娘』でもその関係性は引継がれており、『Sprinters'Story』ではケイエスミラクルを含めた3人の思いが物語の大きな軸になり、ゲームのイベントストーリー「彗星蘭の君へ」ではルビーのダンスパートナーを務めるべく奮闘するヘリオスの姿が描かれた。ダイタクヘリオスを語る上で「恋する馬」という要素は欠かせないものになっているのだ。

3.「相棒」との大逃走劇

明けて1992年、改装が終わった阪神競馬場の芝1600mで行われたマイラーズCでダイタクヘリオスは始動。4番手追走から最終コーナーで先頭に立つと2着シンホリスキーに5馬身差をつける圧勝で連覇を達成した。一方で1番人気に支持されたダイイチルビーはいつもの末脚が見られず6着に敗れている。このとき既にルビーにはフケ(発情)が見られ、闘志が失われていたようだ。その後も勝利を収められず、安田記念の15着を最後に繁殖入りしている。ヘリオスもこのような状況を知ってか知らずか、京王杯→安田記念というルビーと同じローテーションで4着・6着と精彩を欠く。「恋物語」は終わりを告げたのだった。

ところが、春のグランプリ・GⅠ宝塚記念でヘリオスに新たな縁が生まれる。この年の宝塚記念は二冠馬トウカイテイオーと天皇賞馬メジロマックイーンの「二強」が怪我で出走しておらず本命不在の様相であった。数少ないGⅠ馬として単勝2番人気に推されたヘリオスは先行策を採るが、その前に更にハイペースで逃げる馬がいた。前年には障害に挑戦するなど苦闘していた9番人気のメジロパーマーである。結果的に2番手につけたヘリオスはカミノクレッセらに差され5着に終わるが、パーマーはそのまま逃げ切ってしまった。

この年のパーマーの活躍については以前『ウマフリ』で記事にしたことがあるため省略するが、中長距離を主戦場にしている馬である。ヘリオスが「中距離も走れる短距離馬」であることが、2頭の出逢いを生んだ。『ウマ娘』でも「ズッ友」と称されるダイタクヘリオスとメジロパーマーの新たな「物語」が幕を明けたのである。

ヘリオスとパーマーの真骨頂は秋競馬で発揮される。ナイスネイチャやイクノディクタスら強豪が集った毎日王冠をレコードで逃げ切ったヘリオスは、天皇賞(秋)に出走。するとヘリオスはパーマーと共に先頭に立ち、二人旅。1000m通過が57秒5というハイペースで飛ばしていく。流石にこのペースでは脚は残っておらず、直線で後続に差されて8着(パーマーは14着)。後方にいた11番人気レッツゴーターキンの末脚が炸裂し、1番人気に支持されたトウカイテイオーが7着に沈んだ波乱のレースを演出したのは大逃げを打った2頭であった。

続くマイルCSは一転控える競馬で連覇を達成し、スプリンターズSでも好位追走から4着と健闘するが、語り草になっているのは引退レースとなった有馬記念である。

病床のオーナーたっての希望で出走したこのレース、ヘリオスは再びパーマーと二人旅を見せたのである。とにかく逃げる2頭。3・4コーナー中間地点、フジテレビで実況を務めた堺正幸アナウンサーは「早く追いかけなくてはいけない」と叫ぶ。ジャパンカップを勝って復活した1番人気トウカイテイオーも、2番人気の菊花賞馬ライスシャワーも遥か後方であった。直線でも2頭は先頭のまま。最後に力尽きて馬群に呑み込まれていくヘリオスを尻目に、パーマーは踏ん張る。レガシーワールドの追撃を退けた15番人気のメジロパーマーは、グランプリ連覇を達成した。大波乱の主役がパーマーなら、「相棒」は間違いなくヘリオス。12着と大敗しながらも、インパクトを残してターフに別れを告げた。

引退後に種牡馬となったダイタクヘリオスだが、再び波乱の立役者となる。2000年のスプリンターズS、GⅠ馬がずらりと並ぶ中で最低人気に甘んじながら、見事に勝利したダイタクヤマト。その父の名はダイタクヘリオスであった。ターフを去ってなお、常識では収まらない姿を見せるダイタクヘリオスは、唯一無二の存在感でファンに愛されている。

4.「コメディ的逃げ馬」ダイタクヘリオス

さて、元の問いに戻ろう。ダイタクヘリオスはなぜ「楽しさ」を与えるキャラクターとなったのか。競走生活を振り返ると、その答えが段々と見えてきたように思われる。逃げ馬とは本来、「独走」によってレースを作る存在である。彼らには「孤独」あるいは「孤高」というイメージも付きまとうだろう。寺山がキーストンの逃げを少年の逃亡劇に喩えていることも、そこに由来すると推測される。しかし、ダイタクヘリオスは、「他馬との関係の中で語られる逃げ馬」という異質な存在である。ヘリオスの馬生に「独」「孤」の文字は見えない。4歳シーズンには「ヒロイン」ダイイチルビーの存在が、5歳シーズンには「相棒」メジロパーマーの存在があった。こうした「連れ合い」の存在こそがヘリオスを語るにあたって不可欠な要素であり、単純な逃げ馬の類型に当てはめることが難しい要因となっていると言えよう。

ダイタクヘリオスの名の由来となったのは、ギリシャ神話の太陽神ヘリオス。『ウマ娘』においてもダイタクヘリオスはメジロパーマーから「太陽」、ケイエスミラクルから「光」と形容されているように、皆を照らす存在として描かれている。その名に違わず関わる者を明るい気持ちにさせ、「楽しさ」を感じさせるのは、ヘリオスが「連れ合い」と生み出す関係性、いや「グルーヴ」の影響が大きいのだろう。その「グルーヴ」に、ヘリオスの代え難い魅力がある。キーストンが孤独な「悲劇」、すなわちトラジェディなら、ヘリオスは皆を巻き込み笑顔を生み出す「喜劇」、すなわちコメディとして捉えられるかもしれない。ならば、ダイタクヘリオスは唯一無二の「コメディ的逃げ馬」と表現できるだろう。「逃げ馬」の新たな姿を示したダイタクヘリオス。同じような存在は今後現れるだろうか。

開発:Cygames
ジャンル:育成シミュレーション
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著者:縁記台